第38話 マラソンの終わり

~~


等間隔に配置された蛍光灯が照らしつける、どこかかび臭いにおいがぷんと漂う、コンクリートが打ちっぱなしの通路。気が付くと、自分はあの懐かしい研究室の廊下をイメージしていた。そしてそこには、まだ若かったころの自分と、自分が愛する人の姿が映っていた。だが、ひどく言い争っている。その時の内容を、自分は鮮明に覚えている・・・


「・・・どうしてわかってくれないんだ、桃花!」

「分からないのはそっちの方よ、キロくん!」

「もはや既存の軍事兵器だけでは色素生物に太刀打ちできないんだ!それは桃花も良く分かっているはずだろう?」

「色力で私たちは、やっと戦争と言う醜い行為をしなくても共存できるようになったのよ!?それを・・・この研究チームを武装組織に再編したうえで、軍事兵器に転用だなんて・・・私はそんなつもりでここに来たわけじゃない!!」

「桃花、君のいう事ももっともだ。だが、理想だけでは現実を乗り越えられない、そうだろう?幸い、我々は地下にを持って・・・」

「シアンは兵器じゃないわ、友人よ!」

「その友人も既に自分を地球側の兵器として運用することに同意している。指宿や他のみんなも不承不承ながら了承してくれた。桃花。後は君だけなんだ。別に君が嫌ならそれでいい。だが、もはや状況は君の我儘をいつまでも通してはくれない。君が首を縦に振りさえすれば、我々はすぐにでも色素生物に対抗する力を持てるんだ・・・!」


そういった自分を、桃花は目に涙を一杯に溜めて睨んできた。なぜだ。なぜそんな悲しい眼をするんだ桃花。


「力・・・貴方はいつも、力があれば何でもできると思っているのね・・・」

「桃花・・・?」

「シアンから聞いたの。色素生物ももとは人間と同じ姿で、争いをあまり好まない種族だったって。でも、自分たちの故郷を脅かそうとする脅威から守るために致し方なく色力を身にまとって、その脅威を打ち破ったそうよ・・・でも、そこから、もしかして自分たちは宇宙で一番強い力を持つ種族じゃないかと、おごり高ぶるようになっていって・・・万能たる色力を自由に行使できるうちに、やられる前にやっておこうという考えに至って・・・いつの間にか、自分たちは争いを生きがいとする戦闘民族になっていったって・・・」

「それは、そいつらが色力を上手く制御できなかっただけだ。我々は違う。我々は本来平和的に利用していた色力を致し方なく・・・」

「戦争を始めるときはいつだって皆致し方なく力を行使するものよ、それを何度も何度も繰り返すうちに、致し方ないことに慣れて行って、それが当然のことだと考えるようになって、みな感覚がマヒしていくのよ。それどころか、もっともっと力を欲するようになって、果てには底なしの欲望に支配されてしまう・・・」

「何が言いたいんだ、桃花。」

「貴方がその力こそ全てとする考えを改めない限り、いずれは貴方も・・・いや、人間皆が色素生物と同じ道をたどってしまう・・・私は、それが、嫌なの、嫌なのよ!!」


そう言い切って桃花は自分に寄りかかって泣き崩れた。初めて体を重ねたあの夜をうっすらと脳裏に思い出しながら彼女をやさしく抱いたときはまさか自分が、と思ってはいたが、今思えば見事に自分の行く末を言い当てていたように思える。


「昔見た特撮番組で、より強い力を求めて終わりのない軍拡を続ける防衛隊に主人公がこんなセリフをつぶやいたの・・・”それは、血を吐きながら続ける悲しいマラソンですよ”・・・キロくんには、そのマラソンのランナーにはなってほしくないの・・・貴方のためにも、私たちのためにも・・・」

「桃花・・・」


このとき、桃花の言った私たちとは、この時は蒼井君の事かと思っていたが、どうも違っていたようだ。この時すでに、桃花の体には新しい命が芽生え始めていたのだ。そして、この会話から一週間もしないうちに、俺は桃花の言った通りの末路をたどることになった・・・


~~


「蒼井!!」

「蒼井さん!!」


色力を大量に吸収してイエルもろとも爆発すると言う捨て身の戦法で、シアンはイエルに勝利し、世界に色を取り戻した。しかし、その代償は大きく、彼の体は右腕と胸から上の上半身しか残らない状態で太陽を周回していたのである。色が戻った瞬間に転身し、クロハの制止も振り切って太陽へと駆け付けたマジェンタは、その凄惨な光景に絶句した。


「蒼井さん!!蒼井さん!!」

「・・・ぐ。」

「!!・・・よかった、まだ息があるんですね!!」


マジェンタはシアンの手を握った。太陽の表面近くだというのに、シアンの手はひどく冷たい。遅れてやってきたクロハが、シアンがまだ生きていと知り驚愕した。


「クロハさん、早く蒼井さんを・・・!!」

「だめだ、色力がもう極限近くまで減っていて、どんなに急いでもこの状態じゃ地球までもたねえ・・・本当なら相打ちになってもおかしくなかったんだ、生きているだけでも奇跡に近い・・・」

「そ・・・そんな・・・せっかく・・・生き残ったのに・・・戦いに勝ったのに・・・」


すると、マジェンタの疑似網膜に通信が入ってきた。シアンが何かを伝えようとしている。


『マジェンタさん・・・クロハさん・・・僕は、シアン。色素生物シアンだ。』

「え・・・?」

『たしかに、君の言う通り僕の生命エネルギーは地球まで持たないだろう・・・だが、蒼井君だけなら助けてやれるかもしれない・・・』

「蒼井が?だが、どうやって?」

『僕の生命エネルギーを彼に与えて、彼を僕から分離する。色素生物には不足でも、人間一人分のエネルギーなら十分賄えるはずだ・・・』

「でも、そんなことをしたら、シアンさんが・・・!」

『マジェンタさん、僕はいいんだ。僕が死ねば、色素生物はこの世からいなくなる・・・地球は、再び平和を取り戻す・・・』

「でも・・・でも・・・!!」

『僕は蒼井君と融合することで命を救われた。今度は僕が彼を助ける番だ。』


シアンはマジェンタの手を振り払って、右手を胸に当て、最後のエネルギーを振り絞った。すると、半透明な色球に包まれて蒼井の体がシアンの中から浮かび上がってくる。蒼井の体の中にシアンの色力が注がれていく。だが・・・


「ああっ!!」


蒼井にそそがれていた色力が途絶えた。シアンのダメージは想像よりも甚大だったらしく、蒼井を自分から分離し、色力を送り込むためのエネルギーも尽きてしまった。蒼井の体が、彼を包む半透明の色球と共に消えかかる。このままでは蒼井はシアンもろとも還元されてしまう・・・!


「クロハさん、何とか、何とかできないんですか・・・!」

「下手に俺たちが色力を注いだら、また力のバランスが崩れて、爆発を起こしかねない・・・悔しいが、さすがの俺もお手上げだ・・・」

「そんな・・・そんな・・・!」


その時、二人の疑似網膜にもう一つ別の色力反応がシアンの後方から接近していることに気づいた。段々とシアンに近づいてくるそれは、シアンと同様に上半身と片腕だけがかろうじて残った・・・イエルだった。すかさずクロハとマジェンタは戦闘態勢に入る。


「イエル!!てめえ生きていたのか・・・!」

「き、岐路井さん・・・!」


イエルはそんな二人には目もくれず、シアンの体に組み付くと、蒼井の色球に手をかざし、何と己の色力を注ぎ始めた。


「な、何のつもりだ・・・!」

「・・・クロハ・・・マジェンタ・・・手を貸せ・・・三原色の原理だ・・・」

「さ、三原色・・・?」

「・・・シアン・・・マゼンタ・・・イエロー・・・これら三つの色力を・・・均等に・・・分け与えれば・・・色素爆発を・・・起こさずに・・・彼を救える・・・」

「・・・へ?い、今なんて・・・?」

「早くしろ・・・蒼井君を・・・死なせたいのか・・・!!」


二人はイエルにいわれるがままに蒼井の色球に手をかざし、色力を送り込む。色球はシアン、マゼンタ、イエローの三つの色に輝き、蒼井の体に命を吹き込んでいく。

均衡の保たれた三つの色力をその体に注がれた蒼井の体は、色力の暴走を起こすことなく、再び脈を打って呼吸を始めた。蒼井は生き返ったのだ。シアン、マジェンタ、そしてイエル・・・岐路井の手によって。


「イエル・・・いや、岐路井。お前・・・」

「・・・これで・・・許してもらえるとは・・・思ってはいない・・・別に・・・許してほしいとも・・・思わない・・・だが・・・もし、彼が目覚めたら・・・代わりに伝えて・・・ほしい・・・ごめんなさい・・・って・・・」


そう二人告げると、イエルは、蒼井を包んだ三色の色球をクロハに引き渡すと、既に息を引き取ったシアンの亡骸を絡ませて、わずかに残ったエネルギーで太陽の重力圏へと進んでいった。彼と共に自分もこの世を去る腹づもりらしい。だが、二人のを重力圏に入る寸前でイエルの手をつかんで引き留めたものがいた。マジェンタだ。


「どこへ・・・行くんですか。」

「・・・ゴールだ。血を吐きながら・・・続ける・・・悲しいマラソンの・・・」

「ゴール・・・?」


岐路井はすでに心を決めていた。自分は一人のランナーとして、この悲しいマラソンを終わらせなければならない。そのために、色素生物に身をやつした自分は死ななければならないのだ。だが、マジェンタはそんな岐路井に激昂した。


「・・・ふざけないで!」

「・・・」

「貴方は、今までに犯してきた罪を償う義務があるんです!!義務も果たさずに死のうとするなんて、私は絶対に許しません!!」

「・・・マジェンタ・・・」

「COLLARSの隊員たちを・・・防衛軍の幹部を・・・ミカ将軍を・・・色素生物を・・・蒼井さんの姉さん・・・いえ、お母さんを殺した罪を・・・生きて償うべきです!!お父さん!!」


蒼井の疑似網膜を経由してマジェンタは全てを知った。知ったうえで、マジェンタは真っ赤に泣きはらして岐路井に生きて地球に帰り贖罪することを臨んだ。そしてそれは、父親に生きていてほしいという娘の願いの裏返しでもあった。父親として何もしてやれなかったというのに、この子はそれでも自分を父親と呼んでくれるのか。岐路井は自分のせいで運命を翻弄されたにもかかわらず、まっすぐに育ってくれた自分の娘のやさしさに、思わず桃花の幻影を重ねた。


「何人もの人を殺したのも貴方なら、母の体の中で死にかけていた私を救ったのも貴方です!!そして今、あなたは蒼井さんも救った・・・貴方は醜い色素生物に身をやつしても、最後までその良心を手放さなかった・・・だから、生きて・・・ください・・・お父さん!!私にあなたを救わせて・・・!」

「・・・もう、救われたよ・・・マジェンタ。」


バチン!!


イエルは自分の腕を自切した。マジェンタがつかんだ腕は、義手の方の腕だったのだ。重力にとらわれた岐路井は、マジェンタを・・・娘をその目で、充血したように真っ赤な目で、しかし憎しみの心が消え去った穏やかな目で見つめながら、シアンと共に太陽へと沈んでいく。


「いやあああ!!お父さん!!いっちゃいやあああ!!」

「マジェンタ、これ以上すすんだらお前も重力圏から抜け出せなくなるぞ!!」

「いやあああ!!」


クロハに必死に食い止められながら、泣き叫ぶマジェンタの疑似網膜に、人間として、父親として岐路井から最初で最後のメッセージが送られてきた。

[愛する娘よ、何もしてやれなかった俺をお父さんと呼んでくれてありがとう、蒼井君と共に、末永く幸せに生きることを心より願う。]


そのすぐ後に、太陽に沈む岐路井からクロハの下へ小さなカプセルが飛んできた。そのカプセルの中には全ての遠因たる色杯が入っている。クロハは泣き崩れるマジェンタと三色球に包まれた蒼井を抱きかかえながら、そのカプセルを苦々しげに握りしめて、悪態をついた。


「こんな・・・こんなもののために・・・くそっ!!」


3人が地球への帰路についたのを見届けたと同時に、太陽の表面近くまで近づいた岐路井とシアンの体がだんだん炎を上げて燃え始めた。これでいい、これで、色素生物はこの世から完全に消滅し、マラソンは終わるのだ・・・岐路井の体を灼熱のコロナが包んでいく。なぜかは分からないが、熱いというよりは、温かく感じる。その温かさがついに岐路井の意識も包み込もうとしたとき、最後の言葉を口にした・・・


「桃花に・・・謝らないとな・・・」




この瞬間をもって、色素生物はこの太陽系から、この世界から、この宇宙から完全に消え去った。色杯をめぐる戦争は、今ここに終わりを告げたのである。











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