第34話 灰色の堕天使

地球が持ちうる色素生物に対する唯一かつ有効な防衛策であるシキモリ、そしてそれに味方する謎の色素生物の敗北は、全世界を絶望のどん底に叩き落すには十分すぎるものであった。灰色の空の下、色素生物に荒らされて瓦礫だらけになった会津若松に、今二つの十字架が立てられる。その十字架に磔にされているのは、誰であろうシアンとマジェンタの二人だ・・・。


「シアン!マジェンタ!!・・・ぐえっ!!」

「おらおらぁ、動くんじゃねえよ裏切り者がぁ!」

「悔しかったらやり返してみろよほらほら~」

「一回でもやり返したらあいつらの命ないけど、なっ!!」


そしてその下で、腕を後ろで縛られて文字通りサンドバッグにされて色素生物に殴られたり足蹴にされているのは、かつて色魔殿で戦わずの将軍と敬意の念を持たれていたはずの、黒系色素生物ブラックウィング・・・に化けたクロハだ。この程度でへこたれるクロハも弱くはないし、本当だったらすぐにでも二人を助けてやりたいが、もし少しでも手を出そうものならイエルは二人を処刑すると脅されているのだ。流石の第六特異点クロハも二人を見殺しにするほど無慈悲にはなり切れない。だからこそ、この通り色素生物に弄られるふりをしながら虎視眈々と逆襲の機会を狙っているのだ。そして、弄るのに飽きた色素生物はクロハをまるでぼろ雑巾のように十字架の下へ投げ飛ばした。


「・・・」

『ク・・・クロハ・・・大、丈夫・・・?』


疑似網膜に通信が入る。シアンからだ。マジェンタも言葉は発しないが、かろうじて回線をつないでいるところから見てまだ意識はあるようだ。クロハはばれないようにうずくまりながら小声で返答する。


「俺は大丈夫だ、これくらいでへこたれるクロハ様じゃねえ。それより二人はどうだ、平気か?」

『僕は・・・何とか・・・マジェンタは・・・?』

『・・・』


マジェンタは応答しなかった。だが、わずかに首を傾け、かろうじて意思表示した。


「すまねえ、まさかこんな手を使ってくるとはさすがの俺も想定外だった、今回は俺の判断ミスだ。」

『・・・とにかく、ここから・・・逃げないと・・・』

「ああ、だがまずはどうにか隙を見て脱出しねえと・・・やべっ、イエルだ!」


イエルの気配を察知して、クロハは通信を切り、うずくまったまま動かぬふりをした。イエルは二人の十字架を一瞥した後、倒れたクロハを首根っこをつかんで無理やり立たせる。


「内緒話はあまりよく思われないぞ、クロハ。」

「・・・けっ、バレてたのかよ。」

「当然さ、誰が二人の疑似網膜を作ったと思っている。」

「・・・そんで、何の用だ。」


イエルは上空を指さしてクロハに語り掛ける。空にはうっすらと月、そしてその横に色魔殿の黒々とした巨体が映し出されている。本当は月より小さいのだが、月よりも近い衛星軌道に乗っけているためこのように大きく見える。


「よく出来ているだろう、君の微小構成体には到底及ばないが、これでも精いっぱい模倣したつもりだ、どうだい?」

「・・・太陽光線に含まれる”色”を屈折させる光彩屈折装置フィルターで地球を覆って、光に含まれる色を奪うなんて、全くとんでもねえことしやがる。」

「その通り。だがそのような場所では当然我々も活動できない。そこで、この色力蓄積装置カラーコンデンサ、さ。」


胸元にセットされたランプを自慢げに指さす。他の色素も装備していたが、どうもイエルの方が仰々しく見えるのは気のせいだろうか。クロハはイエルをにらみつけながら自分は絶対に屈しないと吐き捨てる。


「二人を処刑したら俺が許さないぞ、馬鹿なことは考えないほうがいいぜ。」

「処刑か、既に君たちの敗北する様は全世界に流している。地球側の抵抗する意思をそぐ意味では君たちの処刑はすでに終わっている。」


そして、クロハの胸ぐらをつかみ、耳元でささやいた。


「二人を助けたくば、これから起こる出来事に、一切手を出すな。」

「・・・なんだと?」

「二人を殺す前に、最高のショウを見せてあげよう・・・」


そういうとイエルはクロハを思いっきり突き飛ばした。クロハはマジェンタの十字架に衝突し、ずるずると座り込む。いったい、これから何を始めようというのか。


すると、イエルの下へ色素生物が続々と集まってきた。その中には、色素生物を束ねるはずの立場であった大大王ジレンの変わり果てた姿もあった。大大王ともあろうものがここまでみすぼらしくなれるのだろうか。いや、彼だけではなく、色素生物が皆、全体的に覇気を感じることが出来ない。しかし、色力蓄積装置はらんらんと輝いていた。


「イエルよ、さあ、すべてお前の言う通り働いたぞ、薬を、薬を・・・」

「おいっ、俺が一番働いたのだから、俺が先だぞ!!」

「いつも自分ばかり優先しやがって!!」

「だまれえ!!雑魚どもが、余は大大王ぞ、大大王が先に薬をもらうのだ!!」


絶大な力で色素生物をまとめ上げていた大大王の威厳既にそこにはない。クロハの目に移っているのは、薬とやらのために自分の部下たちと醜い争いを繰り広げるくすんだ橙色で貧相な乞食もどきの色素生物であった。イエルはその光景を冷たい目線で見下していたが、収拾がつかなくなってきたところでしぶしぶ止めに入った。


「ほらほら、ダメではないか、皆落ち着け。薬は皆に平等に分けてやる。それよりもまずはジレン、お前からだ。」

「お、おおおお!さすがはイエル、余に忠実なしもべじゃ、さ、早く、薬を、薬を・・・」


血走った眼でイエルに懇願する大大王の落ちぶれた様は、敵とはいえ哀れすぎてみていられない。クロハは顔をそむけた。十字架にかけられて力なくうなだれて、この光景を見ることが出来ないシアンとマジェンタの二人が少しだけ羨ましく思えた。


「ジレン様、さぞつらかったでしょう?苦しかったでしょう。」

「ああ、そうじゃ、余はとても苦しかった、だから、早く楽にしてくれ。」


楽にしてくれ、その言葉を聞いたとき、イエルの顔が不気味に笑い、真っ赤な目が煌めいた。まるでその言葉を待っていた、とでも言わんばかりに。左腕の義手が鋭く光る。義手の指先は、ジレンに向かっている。そして、クロハがイエルの言葉を真に理解した時、あまりのおぞましさに悪寒が走った。


「では、今楽にして差し上げます。大大王ジレン様・・・・・・死ねえっ!!」


肉に鋭利な刃物が食い込む音。中の臓物が引き裂かれる音。骨が砕け散る音。そして、再び肉を刃物が貫く音。全ての音が止んだ時には、ジレンの体はイエルの義手に貫かれていた。一瞬の出来事に、ジレンは目が飛び出さんばかりに見開き、瞳孔が開いている。


「い・・・イエル・・・貴様・・・何を・・・」

「何って、楽にしてほしかったんだろう。これで私がお前から色力を吸収すればお前は楽になる。良かったなジジイ。」

「お、お、の、れ、・・・裏切っ、たな・・・!!」

「裏切る?最初から忠誠を誓ってないものを、どうやって裏切るというんだ。え?」

「な、何を、して、いる、お前、たち、裏切り、者を、殺せ・・・」


ジレンは蚊の鳴くような声で他の色素たちに嘆願するも、大大王を屠ったイエルに対する恐怖で硬直した色素たちはピクリとも動こうとしなかった。誰も自分を助けてくれないことに気づいたジレンは、絶望のどん底に叩き落された。


「分かっただろう?お前に味方して俺に歯向かおうとするやつらなんて誰もいやしない、もう・・・お前は用済みなんだよ。用済みはさっさとくたばれ!!」


ザシュッ・・・


もう片方の腕が鋭利なブレードとなって、ジレンの首をはねた。ゴトリと地面に落ちたその首は、しばらくの間ぱくぱくと口を開閉した後に、動かなくなった。そして、ジレンの胴と首は橙系色素となってイエルの義手へと吸収されていく。吸収し終わったイエルは鼻を鳴らした。


「ふん、腹の足しにもならん、もう少し・・・生贄が欲しいなあ・・・?」


イエルはその狂気に満ちた目線を恐怖で凍り付いた色素生物たちに向けた。次の得物が自分たちであると悟ったとき、色素生物たちはわあああと悲鳴を上げて一目散に逃げだした。だが、イエルは追うそぶりも見せない。


「逃げられると思っているのか、雑魚どもめが・・・はあっ!!」


イエルの仰々しい色力蓄積装置が輝きを増し始めた。色がないので白い光にしか見えないが、本当ならば黄色い光がらんらんと光り輝くのであろう。同時に、さんざんに逃げ惑う色素生物たちが断末魔共に次々に還元されていく。還元された色素はピコピコと点滅する装置を経由してイエルの下へ集積されていった。


「ぎゃああああ!!」

「う、うわああああ!!」

「し、死にたくない、いやだ、いやだあああ!!」


まさに目を覆いたくなるほどの凄惨な光景に、クロハやシアン、そしてマジェンタは絶句した。色のない世界でも活動できるように装備した装置が、まさか己から色力を抜き取る処刑器具でもあったとはよもや思わなかったろう。いや、すでにその程度の罠すら見破るほどの思考能力はイエルの薬によってことごとく破壊されていたのだ。ぼとっ、ぼとっ、と色素生物たちがつけていた装置が主を失って次々に大地にたたきつけられる音が聞こえる。色素たちの命が地に落ちる音だ。もしくは、地に落とされた色素たちの最後の叫び声か。そして、最後の一個が地に落ちて街の瓦礫と混ざったとき、色素生物はイエルを除き全滅した・・・


「ぐぐぐぐ・・・ぐぐぐぐ・・・全ての・・・色力が・・・体に・・・みなぎる・・・あふれる・・・はは、はははは・・・うおおおおお!!」


全ての色素生物の色力を吸収したイエルは、雄たけびと共に色球に変形した。色球は段々と大きくなり、街の瓦礫を、装置の残骸を、何もかも呑み込んでとうとう二人の十字架まで迫ったとき、色球は真上に飛び上がった。しばらく上昇したのち、色球は空中で収縮を始めた。全ての色力がまじりあった色球が、再び人の形となって灰色の空から舞い降りてくる。背中に生えている大きな翼を羽ばたかせるたびに周りに羽をまき散らす、灰色の人影。まるで天使が舞い降りたような光景だが、彼から発するオーラは天使と言うよりは悪魔のそれに近かった。


「な・・・なんてこった・・・奴は・・・全ての色力を・・・その体に収めやがった!!」




全ての色を混合させるとできる色、黒と白がまじりあうとできる色。どんな色よりも純粋で、どんな色よりも混沌としている色。その色を纏って、今、地に破滅をもたらさんとする灰色の堕天使グレイエルが、地に舞い降りた・・・!







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