第16話 ついていけない

 慧也をいいと思ってしまった理由の一つに、少しだけ昔の彼氏に似ているな、と思ったことがある。

 夫と交際する前に恋人だった彼は、慧也に似たホストだった。ホストと言ってもそれはあくまで副業で、弟の学費を稼ぐためにダブルワークをしていたのだ。本業は野菜を育てる農家だった。彼の母親が問題の有る人で、勝手に借金をこさえて家を出ていってしまった。彼の父親と彼が借金を返しながら弟と三人で暮らしていたのだ。

 ある日突然戻ってきた彼の母親が、家の有り金を根こそぎ持って出ていってしまった時には、もうどうにもならなくなってしまった。土地の全てを売り払い、それでも借金が残り、彼の一家は仕方なく父方の親戚筋へ引っ越すことになったのだ。

 美優とは幼馴染で、ずっと好きだったし、彼の家の事情も知っていた。美優も父親を幼い頃に亡くしていたから、彼の思いが少しは理解できたと思っていた。

 明るい男の子で、成人していてもどこか少年のようで、いつも笑っていて。どんなに生活が大変でも、なんとかなるさ、と笑っていたのに。

『またいつオフクロが戻ってきて迷惑をかけるかわからないから。離れることにしたんだ。ごめんな、美優。あのババア、ほんとやべぇとこからも借金してるから。』

 一緒に付いて行く、と言った美優を宥めて、別れようと言ったのだ。

 彼は、美優や周囲の人に迷惑を掛けたくなかったのだ。だから、彼の気持ちはわかった。それでも一緒に行きたかったけれど、彼の一家は夜逃げするように町から出ていったから美優にもどうしようもなかった。追いかけても迷惑だとわかっていたから。


 慧也は、あのあっけらかんとした陽気さや、どこか少年っぽいところが似ているのだ。きっとなにかワケアリな様子があるところも。 

 だから、距離が近づいても、深入りするつもりはなかったし、これからも無い。

 美優が付いて行く、と言っても、きっと拒絶する男なのだろう。

 元彼も、夫も、おそらくは慧也も、美優がついていくと言えば拒絶する男だ。


 美優がどこまでも一緒に行ける男は、息子の航平ただ一人。


 手出し出来ないという意味では、息子も慧也も同じだが。

 息子が美優の手を振り払い、もう付いてこないで、と言う時がくるのはまだまだ先のことだ。それまで夫にはせいぜい稼いでもらわなくてはならない。

 ストーカー気質の夫だが、ある程度まで彼の支配下でいれば問題はない。お互いに腹を探り合い、尻尾を出すのを待っているような状態だけれど、一緒に住んでいないので平気である。

 夫が戻る気がないという事も察している。彼が新婚早々単身赴任した理由は、赴任先に不貞相手がいるからだ。どうやら、遠距離恋愛だった彼女らしい。夫の両親へ挨拶へ行った時、聞こえてしまったのだ。

『前の彼女は一人娘だったから、婿養子以外認めんって言われて話が流れたからなぁ。こんどの彼女は嫁にくれる家で助かったなぁ。』

 まさか物陰で嫁が聞いているとも知らず、舅の呟きが廊下に響いた。






 



 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る