第11話

「茜音ちゃん、起きて!」

「んんー、あと……五分……」

「ダメっ。今起きる!」

 布団を剥ぎ取られ、突然冷気が流れ込んできて、ぱちりと目が覚める。腰に手を当て、仁王立ちしてこちらを見下ろしている幼馴染と目が合う。

「さ、桜空?」

「ほら、早く支度するよっ」

「え、え? なんで、ここにいるの?」

「やっぱり忘れてるっ」

 呆れた表情かおで、桜空がこちらを見る。ちょっと怒ってるようだが、全く記憶にない。

 何か約束があっただろうか。

 回らない寝起きの頭で必死に思い出そうとする。

「今日、一緒に先生のところに行こうねって、話したよ?

 その言葉で一気に頭がはっきりする。

 ああ、そうだった。電話でそんな話をしていた気がする。酔っていて、あまり覚えてないけど。

 のろのろと体を起こし、髪の毛を整えようと枕元の棚へ手を伸ばしかけて、宙で止まる。視線の先には、愛おしい彼が笑っていた。

「春馬さん、おはよ」

 いつものように挨拶をするが、当然返事はない。ただ、彼は静かに笑っているだけ。

 ――――そう、彼が私の隣からいなくなって、気付けばもう三年が経とうとしていた。長いようで早い。

 プロポーズを受け、結婚したその翌年に彼は急性白血病を患い、あっという間に帰らぬ人となった。幸せな日々は、呆気なく幕を閉じたのだ。立ち直るまでかなりの時間を要したが、桜空のおかげで、少しずつ回復してきている。

「朝ごはん、作ってくるから着替えてね」

「はーい」

 桜空が部屋から出ていくのをぼんやり見つめ、もう一度彼の写真を見つめる。

『茜音は、自分の信じる道を進むべきだよ』

 久々に彼の夢を見た気がした。

 夢でも彼は、彼のままだった。私が迷っている時、いつも必ず背中を押してくれていた。

『過去の出来事が現在いまを作っている』

 昔、彼に言われた印象的な言葉。社会の先生らしい言葉だ。

 全てにおいて無駄なことはなく、様々な経験や想いを経て、人は成長する。

 過去に春馬という素敵な彼に出会えたから、現在いまの自分がいるのだ。

 自分の価値に気付かせてくれた大切な人。

 やっぱり、私の想いは、心は、。三年経った今でも――――。

「もう一度だけ、会いたいな」

 窓辺には、紫や黄色、ピンクのの花々が風に揺られながら、綺麗に咲いていた。



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