第3話 口づけをする? しない? とかそんなこと

――藍里、私たちつきあおっか


 付き合うってのは、つまり。

 あんなこととか。こんなこととか……そういうこととか。

 色んな特別なことへの枕詞じゃん。


 いろいろ考えるだけでも恥ずかしいけど。

 要するに、キスとかってこと!


◇口づけをする? しない? とかそんなこと。わかんないからわかんないから


 浮かんだ歌をメモにとる。こんな歌、誰にも見せられないけど。


「女の子だよ。わたし達」


 そう、わたしは柚葵に返した。

 それは否定でも肯定でもないのだけど、柚葵は「そうだね」とだけ返した。


 それ以上の会話はなくて。

 一杯いっぱいだった気持ちも、時間とともに少しずつ整理されていくもので。

 たぶん、わたしは答えを間違えたんだと思う。


 ただ、イエスでも、はい、でもいいから。

 彼女を受け入れる言葉を言えたらなら、それでよかったのに。


――見せない作品はないのと同じ


 そう、いわない気持ちも一緒だ。

 なんだか、缶の中にのこったコーンの粒みたいな、もやもや感がある。


 コンビニの前で、別れてからもう1時間ちかくなる。

 LINEしようかな。

 でも……。会って話したいな。


       ***


◇藍色をうんと濃くして星空になれ願いごと祈れるように


 スマホに打ち込む文字。

 浮かんだばかりの短歌には、あの子の名前の漢字が入ってる。


――作品とリアルは分けて考える主義


 そうなんだけど。

 フィクションと割り切って書く小説とは違い、詩歌は少しちがう。

 とくに、歌は。

 

 もともと、歌っていうのはそれそのものが恋の歌を指す。

 それは和歌であったときから、歌は当時の恋文。つまりラブレターだから。

 私が書く歌そのすべてが、あの子に繋がってる。

 

 でも……。 


「嫌われちゃったかなぁ」


 足がすくんで、動けないや。


 コンビニの前でへたり込んで、とっくに冷め切ったコーヒーのカップを手に持って。

 ただ寒空の下で星を見る。


 ときおり駐車場に止まる車からおりた若い男女が、私のことを訝しげに見たりしてたけど。

 そんなこと気にならないくらい、たぶんいまの私は落ち込んでる。


 クラスの男子を振って。自分は好きな子に振られて。

 困ったね、一方通行だ。


 泣いて解決するくらいなら泣くけどさ。

 笑ってなかったことにできるくらいの想いなら笑うけど。


 なかったことにするくらいなら、最初から女の子に告白なんてしない。

 だから、泣かないし笑わない。


 ちゃんと受け入れる。

 受け入れるんだよ柚葵。この気持ちは、ぜんぶ、次の創作の糧になる。

 大人になるってことがどういうことかなんて、わかんないけど。

 作家になるための通過儀礼だと思うから。


「あ……流れ星」


 すぐ消えた。こんな短いなかで3回も唱えるのは無理な話で。

 要するに、はなから叶える気はないわけで。

 お祭りのくじ引きみたいなもんだと思う。


「……バカ」


 星なんかに期待したって、意味ないのにね。


「願いごと、間に合った?」

「……みてたの?」

「うん、あたまぐーーーーってあげて星空みてたところから」


 セリフで伏線を回収するような――。

 そんな粋なことをする友達は、私には一人だけで。


「藍里、帰ったんじゃなかったの?」

「帰ったけどね。言い忘れたことがあったから、もどってみた」

「ふつー、もう帰ってると思わない?」

「思う! 思ったし! でも、残ったコーンの粒が気になったから」

「……なによそれ」


◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇


作中短歌


・口づけをする? しない? とかそんなこと。わかんないからわかんないから

・藍色をうんと濃くして星空になれ願いごと祈れるように



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