第七話

 結局、その日はそのあと俺は早退することにし、家で一人、リビングのソファーで寝ることにした。


 両親は高校と上がると同時ぐらいに父が海外に転勤することになり母もそれについて行くという形でいない。


 スマホの完全に電源を切る。


 真奈や夢芽からの心配のメッセージが来るのが怖いからだ。

 もうこれ以上、今日は無理かもしれない。

 

 あんなに夢芽の元で泣いたのに全然落ち着かないな。


 寝て起きればきっと楽になるんだろうけれど、全然寝れない。

 あんなに泣いておいて身体が疲れていたはずなのに寝れない。


「くっそ、全然寝れねーな……」


 と、その時だった──。


 ピンポーンとインターホンが鳴る。


 ゾッと背筋が凍る。


 え……。

 誰だ?


「光一くん、私です。真奈です、電話しても出なかったので来てしまいました」


 出たくない、今は会いたくない。


「光一くん? 寝てるんですか、勝手に失礼しますね」

 

 閉めておいた鍵がガチャリと開く。


 ああ、そういえば合鍵を渡しておいたんだった。


「……光一くん!」と目の前に真奈が現れた。


 ハアハアハアハア……。

 嫌だ、真奈を見たくない。


 見たくないのに、真奈のその美しさを見たくなってしまう。

 声しか聞いたことがないのに、真奈の裸姿を想像してしまう俺は変態なのだろうか。


 ああ、そうだ。

 俺は変態だ、こんな時でも反応してしまうのだもの。


「ああ、ごめん……今出ようと思ったんだ」

「そうなんですね、あっ、とりあえずスポーツドリンクと栄養剤とおにぎりを買ってきましたので」とコンビニの袋をテーブルの上に置く真奈。

「うん、ありがとう」


 真奈を見るだけで空気が重く感じてしまう。

 でも、バレちゃだめだ。

 いつも通り接さなければ。


「体調の方はよろしいんですか?」

「んまあ、よくはないけど」

「そうなんですね、お昼休みに倒れたと聞いてすぐに駆けつけたんですが……寝てて起こすのもあれかなと思い……。あっ、夢芽も一緒にいたんですよ?」

「そうなんだ」

「はい、授業が始まるので二人帰ってしまいごめんなさいですね。残るべきだとは思ったんですが……その、お勉強を」


 むしろ、残らないでくれてよかった。

 あの状態であっていたら多分、もっと精神的にやばかった。


 本当にこの清楚な見た目、性格からあのビッチな感じがあるのだろうか。


「なので今きました!」

「そうなんだ、ありがとう」


 全部嘘だったらどれだけいいのだろうか。

 きっとそんなことはないということぐらいわかっているけれど。


「これからまた寝ますか?」

「それが寝れないんだ」


 何を言っているんだ俺は。

 寝たふりでもすればいいものを。

 

 やはり、まだ俺は完全に真奈を捨てているわけではないらしい。

 だって、今でもこうして真奈と話せて嬉しいと思う自分がいるのだから。


 ポンと手を叩く真奈。


「そうなんですね、そうでしたら、こちらを飲んでくださいっ!」とコンビニ袋を漁り、栄養ゼリーを手に取る。


「?」

「この栄養ゼリー、すごいんですよ。私、体調が悪い時はこれですぐに治るんです!」と天使のような笑顔を見せる。


 なんでこんなに可愛い彼女が……。


「いや、今は食欲がないんだ」

「それはダメです! たくさん食べなきゃ元気にはなりませんよ!」

「本当に今は無理なんだ」


 目を瞑り、ぼーっとしていると。


 次の瞬間──。


 唇に柔らかい感触、そして栄養ゼリーの味が口いっぱいに広がった。


 慌てて目を開けると、目の前には真奈の美しい顔があり、全てを悟った。

 キスだ。

 それも口渡し。


 唇から離れる真奈。

 ぺろりと口周りを舌で舐めたあと。


「しっかり食べてくださいっ! ぷんぷん!」


 なんで、こんなに俺はまだ真奈が好きなんだよ。

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