Meeting again

父との再会

 再会は、突然だった。


 新しい希望を胸に道なき道を突き進み、辿り着いたのは、かつて村と呼ばれた規模の集落。緑の中を割るように石を敷き詰めた道があり、その傍らには同じ石を積み上げた家や塀があった。

 いつか、オメガの居た保養所を目の当たりにしたリオたちは、ここもまた人の手が入っていることを確信した。

 それで目指したのが、緩やかな坂の頂上。居るならそこだ、と推測したのは、エカだった。


「前に住んでいたときも、街の中心に住んでいたからな」


 どうやら経験に基づくものであるらしい。人は景色のいいところに住む習性があるらしい。


 そうして辿り着いたなだらかな丘の上の家。例に漏れず灰色の石を積み上げて造られたその建物の煙突から、薄曇りの空へと細い煙が上がっていた。リオたちの胸中が期待と不安に膨れ上がる。今リオたちの手元にある父からの手紙。その中で最近の日付となる手紙には、父たちがある場所に留まっていることが記されていた。それがこの村ではないか、という期待はあるものの、確信はない。不安を抱えながら、扉を叩く。


 果たして、出てきたのは、リオとアリィの父その人だった。

 見た目は体つきの良い長身の男。きれいな禿頭で、顎には白っぽい髭を蓄えている。眼差しの色は、リオと同じ青色。肌はアリィのような褐色。紛うことなき二人の父。

 だが、兄妹は、この父との血の繋がりはないのだという。


「リオ……か?」


 扉から一番近いところに立っていたリオを見つめ、目を丸くしながら、父はそう溢す。

 しかしリオのほうは、自分の名前を呼ばれても、父に対して他人のような印象しか抱けなかった。


「それに……アリィも。お前たち、よくこんなところまで……」


 妹の名を呼ばれても、それは変わらない。まるで、初めて対面したかのよう。そのひとは確かに、リオたちと家族として過ごした相手だというのに。

 アリィもまた居心地悪そうに、もじもじと身体を小さく動かしていた。

 心の距離の遠さとぎこちなさが、二人と一人の間にあった。


「……いや。どうしてお前たち、ここにいるんだ?」


 リオとアリィの間に視線を彷徨わせていた父は、呆然と問い掛ける。

 心が落ち着いている中で、気持ちはどこか小さくざわめいていた。一度冷静に目を伏せ、もう一度開いて、リオは同じ色の眼を見つめる。


「母さんが、死んだんだ」


 旅立ってから十月とつきあまり。母を喪った春の気配が近づいてきている中で、ようやくその事実を父に伝えることができた。

 しばしの沈黙。ぱち、と部屋の中から、何かが弾ける音がした。


「…………そうか」


 絞り出すような声を出す父は、しかし驚いてはいないようで。

 ただ静かに瞑目したのだった。




「カイは居ないのか」


 父――サイに室内に招き入れられ第一声、エカが部屋を見渡しながら問い掛ける。部屋は狭く、小さな台所と、テーブルと、小物の入った棚、そして暖炉だけが設置されていた。大きな父には不釣り合いの小さな家だ。

 部屋の中には、父の他には誰も居ない。奥に扉があって、エカはその先が気になるようだった。


「今は出ている」


 と答えつつも、サイはエカを不審がった。知らない顔であることと、言ってもいないはずのカイのことを尋ねたことが気になったらしい。

 説明してやれば、得心した表情で頷いた。


「そうか。君がカイの――」


 娘か、人形か。中途半端に言葉を切って、エカの上から下までを観察する。結局、エカの存在については言及しないまま、いずれ戻ってくるだろう、とただ一言だけを伝えた。


 サイに席を勧められ、リオたちは小さなダイニングテーブルの周りを囲った。父は感慨深そうにリオとアリィをもう一度順繰りに見つめ、それから静かに溜め息を溢した。


「シータの〝寿命〟が尽きたことは察していた」


 あの春の日より手紙に返事がなかったことから、そうではないかと思っていたらしい。父の瞳には憂いが宿る。


「もとより長くないことも気付いていた。だからこそ、私は旅に出たのだから」

「新天地ってやつを求めて?」

「お前たちが、我らなくして生きていける、そんな場所を探していた」


〝親〟の庇護を失った子どもたちがどのように生きていくのか。どうすれば未来へ繋いでいけるのか。サイたちが辿り着いた結論は、〝同じ人間と共に暮らすこと〟だった。

 ただし、人が滅びたこの世界では、〝人間〟はサイの仲間たちが造り出した者たちだけ。だから、サイはその仲間たちを頼ることにした。


「それで、こんなところまで来てしまったわけだがな」


 サイは疲れた人のように肩を竦めた。


「……ここまでは、何もなかった?」


 アリィが何かを探るように尋ねる。リオたちが父の旅路を正しく追えていたのなら、自分たちと同じものを父も見てきたはずだ。会ったひと。あった場所。本当にそこから見出だせるものはなかったのか、とアリィは疑っている。


「全くというわけでもない。だが、お前たちが暮らしていくに十分な土地とは言えなかった」

「私たち、人間にあったよ。ガラスのドームで暮らしていた、リノウっていう人が暮らしている」

「アトラスか」


 リオたちがとっくに忘れていたその施設の名を、サイは苦々しげに呟いた。


「あそこは、実験施設でしかない。お前たちが暮らすようなところではない」

「私たちは、実験体リノウとは違うの?」


 アリィがこれまでの道中で抱えていた疑問が、重く冷たく部屋の中に落とされた。リオは息を詰めて妹を見る。エカも心なしか心配そうにアリィを見つめている。

 周囲の視線が集まる中で、アリィの赤い瞳は、真っ直ぐに、鋭く、戸惑う父へと向けられていた。


「ねえ、聞かせてよ。私たちっていったい何なの? 何のために造られたの?」

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