彼女は意外な清楚系ライオン

御厨カイト

彼女は意外な清楚系ライオン


「いやー、やっと試験終わったね。」


「そうですね、何だか肩の荷が下りた気がしてホッとしています。」



隣にいる澪は歩きながら、そう微笑む。



「でも、まさかあんなに難しいだなんて思っても無かったな。また澪に勝てないかもしれない。」


「私も今回は結構ミスしている気がするので良い勝負だと思いますよ。それにあんなに一緒に勉強したんですから大丈夫です!」


「……澪は本当に優しいな、ありがとう。今回も結果が帰ってきたら一緒に見よう?」


「えぇ、そうしましょう。」



そんなことを話しながら家路についていると、ポツポツと雨が降り出してきた。



「あっ、雨ですかね?折り畳み傘は……持ってくるの忘れちゃいました。」


「まぁ、このぐらいの雨なら別に大丈夫でしょ。……ちょっと早歩きするか。」




その瞬間、「ザー!!!」という音と共にまるでバケツをひっくり返した様な雨が落ちてくる。



「えっ!?」


「うわっ、マジかよ!?」


「と、取り敢えず、あの屋根があるところまで行きましょう!」


「りょ、了解!」



俺たちは鞄で雨を遮りながら、走る。




……少しして、何とか屋根のある場所まで来ることが出来た。



「……まさかここまで急に降ってくるなんて思っても無かった。」


「ホント、傘を持ってないのが悔やまれますね。それに結構濡れちゃいましたし、……クシュンッ!」


「うーん、ヤバいな。このままじゃ風邪引いてしまう……、そう言えば俺と澪の家だとどっちの方が近いっけ?」


「えっと…、確か君の家の方が近かったと思う。私の家は君の家からも結構歩かないといけなかったと思うから。」


「そうか、じゃあ一旦俺の家に来ない?」


「……へっ!?」


「このままだとマジで風邪引いちゃうからさ。シャワーとか着替えとかも貸すし。……澪?」



俺は何故かフリーズしている彼女に声を掛ける。



「あっ、えっと、わ、私は良いんですけど、き、君の方こそ良いんですか?」


「うん?何が?」



頭の上に思いっきり『?』が浮かべる俺。



そんな様子を見て彼女は目をパチパチとさせ、「ハァ……」とため息をつくのだった。









********








「えっと、これが着替えのジャージね。俺のなんだけど……いいかな?」


「うん、大丈夫ですよ。」


「良かった。じゃあこれ使って。タオルも一緒にここ置いとくから。」


「はい、ありがとうございます。」


「よし、……それじゃごゆっくりどうぞ!」


「あっ……、ハイ……」




そう俺は手早く彼女に荷物を渡して、脱衣所から退散する。


そして、一先ず濡れた頭をタオルで拭きながらソファーに座る。



……澪が固まってた理由がよく分かる、これはヤバいわ。

いくら付き合っているとは言え、好きな女の子が自分の家に来るというこのシチュエーションがいかに破壊力があることか。


と言うか、こういう時に限って何で母さんは居ないんだよ!

それだったら勉強会した時に居ないで欲しかったよ!




俺はため息と共にそんなことを吐き出しながら、頭を拭く。

その時、部屋の中には静寂が詰まっていたためか彼女が浴びているであろうシャワーの音が微かであるが響く。


俺はその音をかき消すかのように激しく頭のタオルを動かすのだった。


















「お風呂上がりました!」


ホカホカと湯気を出しながら、脱衣所から出てくる彼女。

まだしっとりと濡れている髪を揺らす彼女に俺は顔が熱くなるのを感じる。


「お、おう、分かった。それじゃあ俺も入ってくるわ。」


俺はサッと彼女から目線を外しながら、着替えを持って脱衣所へと向かう。



……まだ胸がドキドキしている。

体は冷えているはずなのに顔は熱い。

明らかに意識してしまっている自分がいる。


……そんな気持ちさえも温かさと共に洗い流してくれることを祈って、俺はシャワーの蛇口をひねる。
















「あっ……、別に座ってても良かったのに。」


頭をタオルでガシガシと拭きながら脱衣所から出た俺の目には、ボーッと立っている彼女が映る。


「いや、そうなんだけどちょっと物珍しくて……。」


「でも別に俺の家に来るのは初めてじゃないじゃん。」


「そうなんだけど、リビングを見るのは初めてだったから。」



まるで美術館の絵を見るかのように、部屋を見て回る彼女に少し苦笑いをしながらソファーに座る。

すると彼女もそれにつられてか、俺の隣に座ってくる。



そして沈黙が流れる。



……気まずい。

こんな状況は初めてなもんだから一体どうしたものか。


いや、こんな状況だからこそ普段しないことはしてみるか。



そう思った俺は傍にあった彼女の手にそっと触れ、そしてぎゅっと握る。



「!」



そんな俺の様子に彼女は目を見開いて固まる。

普段は俺から手を繋ぐことなんて滅多にないから、驚いているのだろう。

と言っても、いつも手を繋ごうと手を出す前に澪の方がパッと手を繋いでくるからただ単に機会を逃しているだけなんだが。



だからこそ、今この瞬間を思いっきり堪能する。


温かい。

ふと「愛」というものを実感した気がした。


じわ~と胸が温かくなっていくのを感じながら手を握っていると、いきなり彼女の方から手をスルリと絡めてくる。



「えっ!?」



急な彼女の行動に今度は俺の方がびっくりしてしまう。

思わず彼女の方へ目線を上げると澪はさっきまで固まっていた様子から打って変わって、目をスッと細くし「うふふ」と優しく微笑んでいた。


俺はそんな彼女の様子に何故か「逃がさない」と言わんばかりの気迫を感じた。

少し後ずさりをする。



すると澪はガッとあともう少しで顔がぶつかるという所まで距離を詰めてくる。

その拍子にタオルが落ち、まだ濡れていたのか彼女の髪からの水滴が俺の頬に落ちる。




「み、澪、さん?」




彼女の豹変ぶりに慌てる俺。

だがそんな様子すらも無粋かのように、彼女は口元に人差し指を当てシィ―っと黙る仕草をして一言。






「静かにして。」





そしてニッコリとした顔のまま、こちらに顔を近づけてくる。



えっ!?

ちょ、ちょっと待って、キスはまだ早いんじゃないですか!?


心の中で叫ぶが、当たり前だが彼女は止まらない。




あともう少し、もう少しで付いてしまう。



……ええい、ままよ!



腹をくくった俺はその時が来るのを待つ。




あっ、澪の目綺麗だな。




余りにも近い顔に救い求めようとしたその時、










「もー、急に雨が降るなんて聞いてないわよ!天気予報でも言ってなかったじゃない!」



ドアをバンッと開けながら、ずぶ濡れの母さんが入って来た。

だが、目の前で繰り広げられているこの状況を見てスゥーとすぐにドアを閉める。



「……これはお取込みだったようね。邪魔者は退散します。」


「ちょ、ちょっと待って!退散しないで!」



びっくりしている彼女を振りほどきながら、ドアの方へ向かうがもうパタリと閉じられていた。



ドアノブの前で呆気に取られている俺の方に、いつの間に来ていたのか耳元で澪が囁く。




「キス、出来なくて残念です。また機会がありましたら。」



後ろにいるのにもかかわらず、彼女が深く微笑んでいるのを感じる。




これで俺は確信した。




彼女は清楚の皮を被ったライオン肉食だという事を。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼女は意外な清楚系ライオン 御厨カイト @mikuriya777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ