第20話 私は『聖女』を見出した
私は指定した
施設の警備は国際会議が行われるときと同じ基準のものが配置され、その他に身元が確かな者の中から厳選された少数の従業員が任務に就く。
レオニート君は隆々とした体格の護衛を伴って、指定した時間の三十分近くも前に到着した。
昼食は食べたか尋ねると、朝の早い時間にジェグロヴァ嬢のところへ行き、そこで済ませてから来たとのことだった。
ジェグロヴァ嬢は、まだ食事をできるほどには回復していない。
この一件が終わったら、また花を持って行こうと思った。
警備上の問題から、私とレオニート君は出入り口に近い席に向き合う形で座ることになる。
今迎えに行かせているポフメルキナ嬢の席は一番奥で、この部屋の楕円形の卓では本来議長が座るところだが、なにか不審な行動をとった場合にすぐに抑え込めるようにとの指示から、そのような席次になった。
やがて、ポフメルキナ嬢が到着して両開きの扉から入室した。
左右に選り抜きの私服憲兵隊を従え、その表情は暗くいくらか青褪めている。
ここに来るまでで、自分が今どういう立場にあるか理解したのだろう。
彼女は今、国家的危険人物かどうかを見極められる場に来たのだ。
「よく来てくれた、ポフメルキナ嬢、呼び立ててしまって申し訳なかった。
変わりがないようで安心した。
警備上の問題から、君の家でというわけにはいかなくてね。
少し堅苦しくなってしまったが、私たちのためだと思って忍んでほしい」
席について居心地悪そうにしながら、彼女はうなずく。
彼女の両脇には護送してきた私服憲兵隊員が立ち、私と彼女の間には私の従者が、レオニート君と彼女の間には、彼が伴った護衛官が控えた。
お仕着せを着た女性憲兵隊員が、茶の用意をした後一礼して退出する。
「では、状況確認をしよう。
昨日の光の件だが――」
私がそう切り出すと、レオニート君が少しだけ身を乗り出した。
「……レオニート君からも、ポフメルキナ嬢、君からも、『聖女に覚醒した』という話をもらった。
実際にはそれがどういうことなのか、教えてもらえないだろうか」
「うーん……」
ポフメルキナ嬢は茶の入ったカップを両手で包み、それをじっと見つめながら悩ましい顔をする。
「どうしたら、証明できますかね? 昨日試してみたら傷を癒やす系ならできたんですけど……あと、うちのばあやの腰痛も治りました。
でも、光はたぶんもう出せないです」
私は困惑する。
そもそも、『聖女』とは。
「かつて、この国に『聖女』と呼ばれる人が存在したことは公式記録にも残っている……二人が話している『聖女』とは、そのことだろうか」
「はい、その『聖女』です」
ポフメルキナ嬢が肯定すると、レオニート君も首肯した。
昔々の話になる。
かつてこの国に疫病が蔓延したときに、どこからか光とともに現れた女性。
この広い国の隅々まで回って、人々を癒やしたという。
今はもう名も伝えられず、その功績を記録と物語の中に見るだけだ。
「正直、信じられないですよね。
なので、見てもらうのが早いと思うんです。
あの、どなたか怪我されてる方いませんかね。
それか、ナイフがあれば、あたしの指ちょっと切ってもらって……」
ポフメルキナ嬢が言うと、レオニート君が「口内炎も治る?」と尋ねた。
うなずいて「たぶん」と答えた彼女に「じゃあ治してください!」と言って椅子を降りようとしたレオニート君を、護衛官ががっしりと捕まえてその場に留める。
私の従者が控えめに「では、よろしければ私が」と言ったので、それを許可する。
彼は古い傷跡が無数にある右腕の袖をまくると、私にナイフの鞘を預ける。
私はうなずいて、そのナイフを彼の腕に薄く走らせた。
赤く線ができ、レオニート君がぎょっとして硬直する。
……配慮が足りなかったか、ジェグロヴァ嬢が刺されたときのことを彼は思い出してしまったかもしれない。
従者はすぐに数歩ポフメルキナ嬢に歩み寄り、彼女の前に「どうぞ」と腕を差し出した。
机の上に一滴血が落ちる。
「うわっ、すみません、触りますっ」
一瞬ひるんだ後、すぐに彼女は両手でその傷口を覆った。
心持ちぼんやりと光ったようにも見える。
彼女が手を離すと、傷はなくなっていた。
それどころか、幼少期に私との稽古でつけた傷痕もなくなっている。
誰かが息をのむ音が聞こえた。
「……すばらしいな」
私の隣まで戻ってきた従者の腕を検めて、私は思わずつぶやく。
そして、レオニート君は私も考えたことをはっきりとした口調で言った。
「お姉ちゃん、治してください」
「もちろん」
深く深くうなずいたポフメルキナ嬢が、『聖女』に見えた。
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