第36話 前触れ

「このトマトのモツ煮、最高だよ!」

 アルフレッドは上機嫌で料理を食べ、ワインを飲んでいた。

「この今日のおすすめの鳥のソテーもとても美味しいです」

 フローラも自分の料理を一口食べ、炭酸水を口に含んだ。

「うん、悪くない味ですね」

 トレヴァーも珍しく、微笑みながら料理を口に運んでいる。


 三人が和やかに食事をしているわきから、ひそひそと話す声が聞こえてきた。

「例の件、来週末になったらしいぜ」

「そうか、俺も行く」

「俺もだ」

「もう俺たちの我慢も限界だ。教会に思い知らせてやる……」

 フローラはちらりと声のする方向に目をやった。


「どうしたの? フローラ?」

 アルフレッドがよそ見をしたフローラに尋ねた。

「いえ、ちょっと……教会に思い知らせてやるとか言う言葉が聞こえたので……」

 フローラが小さな声でアルフレッドに伝えると、アルフレッドは眉をひそめた。

「うーん、不穏だねえ。まあ、気にしなくていいんじゃないかな? 教会のことは教会に任せておけば」

 アルフレッドはそう言うと、モツ煮をまた一口食べ、にっこりとほほ笑んだ。


「そう……ですね」

 フローラもそれ以上気にするのはやめて、食事に注意を向けなおした。

「トレヴァー様は、いろいろなことを知っているのですね。こんなにおいしいお店があるなんて、私、知りませんでした」

「トレヴァーは優秀だからね」

「おだてても何も出ませんよ?」


 三人は食事を終えると、馬車で屋敷に帰った。

「ああ、美味しかった! たまには外の食事も悪くないね! また良いお店があったら教えてくれ、トレヴァー」

 アルフレッドは馬車を降りると、機嫌よくトレヴァーに声をかけた。

「かしこまりました。私は馬車の片付けをしてまいります」

 トレヴァーは馬車を屋敷の離れに止め、馬を厩舎に連れて行った。


 フローラは浮かない顔で、アルフレッドのわきに立っていた。

「どうしたの? フローラは食事が気に入らなかった?」

 フローラはあわててアルフレッドに言った。

「いえ、ちがいます。とても美味しいお食事でした。ただ……お店で聞こえてきた話がきになってしまって……」


 考え込むフローラを見て、アルフレッドは何気ない様子で聞いた。

「ああ、教会がどうとかっていう話かな?」

「はい……」

「僕たちが気にしてもしかたないよ。また、何か起きたらその時に考えればいいよ」

「……はい」


 フローラはアルフレッドが自分の部屋に戻るのを確認すると、夕食の準備のため厨房に向かった。

「何もないと良いのだけれども……」


 そうつぶやくとフローラは野菜の皮をむき始めた。

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