第29話

 窓からの月明かりが、部屋の中を照らしていた。

 暗い部屋の中で、フローラはようやく目を覚ました。

「う、ん……。ここは……私の部屋?」

 フローラは見慣れた部屋の中をゆっくりと見渡した。

 ベッドのわきに置かれている椅子に座ったアルフレッドが、寝息を立てている。


「アルフレッド様……?」

 フローラが呼びかけると、アルフレッドは目を覚ました。

「ああ、フローラ……。やっと目を覚ました……。無理をさせて申し訳なかった……。大丈夫かい?」

「……はい」


「フローラ、君は丸一日以上、ずっと眠っていたんだよ。おなかはすいていないかい? 喉はかわいていないかい?」

 アルフレッドはフローラの手をそっとつかんで、両手で包み込むように握った。

「うん、体温はもどってきたみたいだね……」

「あの、私、大丈夫です」

 フローラは憔悴しているアルフレッドのほうが心配だった。

 アルフレッドはフローラに微笑みかけてから、立ち上がると部屋を出てトレヴァーを呼んだ。


「トレヴァー、フローラが目を覚ました。なにか、温かい飲み物と、食事を持ってきてくれないか?」

「はい、少々お待ちください」

 トレヴァーは、飲み物をもってすぐに現れた。

「フローラ、蜂蜜入りのレモネードです。熱いので、気を付けて飲んでください」

「ありがとうございます、トレヴァー様」

 フローラは熱いレモネードを一口飲んだ。蜂蜜の甘さが、体に染みるように感じた。


「食事を持ってきますので、もう少しお待ちください」

「あの、私、動けますから……」

 立ち上がろうとしたフローラをアルフレッドが抑えた。

「駄目だよ、フローラ。しばらくベッドで安静にしていなさい」

「でも、アルフレッド様……」

「君は無理をしすぎる。人の為に尽くすのは悪くないけれど、自分を犠牲にするのはいけないよ?」

 

 月明かりで輝くアルフレッドの目には、憂いの表情が浮かんでいた。

「お待たせしました。フローラ、野菜のスープとパンです。足りなかったら、おかわりもありますよ」

 トレヴァーが食事を運んできた。

「明かりをつけても構いませんか?」

「……はい」

 トレヴァーはフローラの部屋のろうそくに火をともした。

 幾分明るくなった部屋では、青白い顔をしたフローラ、心配そうにフローラを見るアルフレッド、二人を見守るトレヴァーが何も言わずに見つめあっていた。

 くぅ、とフローラのおなかが鳴った。

 アルフレッドはにっこりと笑って言った。

「さあ、ゆっくり食べると良い。急に食べるとおなかがびっくりしちゃうからね」

 アルフレッドは野菜のスープを手に取り、一さじすくって、フローラに食べさせようとした。


「アルフレッド様! 私、子どもではありません。自分で食べられます!」

 フローラは顔を真っ赤にして、アルフレッドに訴えた。

「フローラ、アルフレッド様はあなたのことを心配しているだけですよ」

 トレヴァーが笑いをこらえながら、フローラに言った。

「まあ、自分で食べられるなら……火傷しないようにね」

 アルフレッドはスープとスプーンをフローラに渡した。


 フローラは二人が見つめる中、スープを一口飲んだ。

「美味しい……」

 フローラはゆっくりとスープを飲んだあと、パンをちぎって食べ始めた。

 アルフレッドとトレヴァーは、その様子を見てやっと安心したように微笑んだ。

「魔女の刻印を消すのは、簡単なことじゃなさそうだね」

「……はい。私も……本当に消せるとは思いませんでした……」

「アルフレッド様、今回のことが教会に知られたら、またフローラの立場が悪くなるのではないですか?」

 トレヴァーが眉をひそめて、アルフレッドに言った。アルフレッドも表情を曇らせて答えた。

「……そうだね」


 何も言わずに食事を続けるフローラを見て、アルフレッドは付け加えた。

「フローラ、また面倒なことになったらごめんね」

「アルフレッド様は悪くありません。悪いのは……教会です」

 フローラの言葉を聞いて、アルフレッドは苦笑した。


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