第28話
リーンの家は町はずれにあった。家は小さかったが作りはしっかりしていて、小さな庭も掃除が行き届いているように見える。
「ここです」
リーンの声を聞いて、アルフレッドが馬車を止めるようトレヴァーに言った。
「それでは、こちらへ」
リーンが最初に馬車を降りた。
続いてアルフレッドが降り、手を取ってフローラが馬車を降りるのを手伝った。
「ここが私の家です。中でユリアが寝ています」
そういってリーンはアルフレッド達を家の中に招き入れた。
「へえ、いい家ですね」
アルフレッドの言葉に、リーンは恐縮した。
「ありがとうございます。妻のために私が建てたんですよ」
「リーンさんは大工さんなんですか?」
フローラがリーンに聞くと、リーンは頷いた。
部屋の中はきちんと片付いていて、棚の上に花と腕輪が飾られていた。
アルフレッドが腕輪を見ているのに気付いて、リーンは言った。
「それは生前妻のマリーが気に入っていた腕輪です。思い出の品なので飾っているんです」
「そうでしたか」
家の中は大きめの部屋に台所が付いていて、よく見ると部屋の端には扉が二つ見えた。
リーンは玄関に近いほうのドアをノックした。
「ユリア、入るよ」
「……」
部屋に入ると、ベッドと小さな机だけが置かれた部屋で、少女が寝ていた。
「うぅ……父さん……」
「ユリア? 大丈夫かい? アルフレッド様が来てくださったよ」
「ユリアさん、よろしくね」
アルフレッドはユリアに声をかけたが返事はなかった。ユリアはとても苦しそうだ。
「ちょっと体を見せてくださいね」
フローラはやせ細ったユリアの体を優しくなでながら、首筋を見た。
そこには蛇のような形をした青いあざがあった。
「やはり、魔女の刻印があります」
「どうすれば、ユリアは助かるんですか?」
「呪いを解く魔法を……かけてみます」
フローラはユリアの前に立ち、その小さく細い首筋に、やさしく自分の両手を重ねた。
「……慈悲深き水の女神よ……力を……」
フローラの手が白く光った。
しゅうっと音がして、ユリアの青いあざも黒い輝きを放つ。
「っ……! あああ……」
ユリアが声を上げた。
「何をするんですか!?」
リーンがフローラを止めようと、手を挙げたが、その手はアルフレッドに抑えられた。
「フローラは呪いを解こうとしているだけです。……フローラ……大丈夫?」
「……はい……呪いの力が……強いのか……」
フローラは両手に意識を集中させた。光が一層強くなり、ユリアのあざが薄くなっていく。
「水の女神よ……今、奇跡を……!」
フローラがユリアの蛇型の青いあざを抑えつけたまま、目を閉じた。
次の瞬間、部屋が光に満たされた。
そっとフローラが手をユリアから離した。
ユリアの首筋にあった、蛇型のあざは綺麗に消えていた。
「ユリア……?」
「……父さん……? なんだか、体がとても軽いの」
「なんとか呪いが解けたようですね……」
フローラは青い顔をしてアルフレッドに微笑んだ。そして、崩れ落ちるように床にへたり込んだ。
「フローラ!?」
「フローラ様!?」
フローラは意識を失っていた。
「リーンさん、ユリアさんはもう大丈夫だと思います。私たちは帰ります」
「ありがとうございました! ……あの、フローラ様は……?」
「魔力の使いすぎでしょう。大丈夫、ゆっくりすれば治ると思います」
アルフレッドはフローラを抱き上げると馬車に戻っていった。
「トレヴァー、フローラが倒れてしまった。すぐに屋敷に帰りたい」
「分かりました」
馬車はアルフレッドの家に向けて、走り出した。
屋敷についても、フローラは意識を失ったままだった。
アルフレッドはフローラを抱きかかえ、フローラの部屋まで運ぶと言った。
「アルフレッド様、私がフローラを部屋に運びます。アルフレッド様もお疲れでしょう。お部屋で休まれてはいかがですか?」
トレヴァーの言葉を聞いて、アルフレッドは首を振った。
「僕が、フローラに無理をさせてしまったんだ……。目が覚めるまで、フローラのそばにいたい」
「フローラが目を覚ましたら、アルフレッド様にお伝えいたします」
トレヴァーはフローラを彼女の部屋に連れていくと、ベッドに寝させて服を緩めた。
トレヴァーがフローラの部屋から出てくると、待っていたアルフレッドが心配そうにトレヴァーにたずねた。
「トレヴァー、フローラは大丈夫そうかい?」
「多分、疲れただけだろうと思います。今は眠っています」
「そうか……フローラには悪いことをしてしまった……」
アルフレッドはため息をついた。
「フローラは無理をしても、誰かをたすけようとする。そのことを忘れていたよ……」
うなだれるアルフレッドにトレヴァーが言った。
「アルフレッド様、フローラには自分を守るということを知ってもらいたいですね」
「……そう……だな」
アルフレッドはドアに手を当てて、小さな声で言った。
「フローラ、無理をさせて悪かった。申し訳ない……」
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