魔王

『魔王』

 魔王は死んでしまいました。勇者たる騎士に胸を貫かれて。

目の前には魔王だった男が転がっており、私は胸の傷を癒しています。

なぜそのように? 私にもわかりません。

勇者が血をかぶり気絶した私を死んだと思って帰ってしまったからでしょうか?

置き去りにされた魔王が小さく息をしているのを見てあわれに思ったからでしょうか?

わかりません。

「……あ」

魔王が薄く目を開けていました。

大きな角。人の白目にあたる所は黒く、瞳は金。

異形いぎょうとなれどその姿は美しい男でありまして。

「勇者ならもうおりませんよ」

とても生きているとは言えませんでした。いずれついえる命だと浅く息をしていて精気などとても見当たりません。

「苦しかったでしょう」

このひとは現王の友であったそうです。王をかばい代わりに呪われてしまったとか。

「お辛かったでしょう。こんな言葉では悔しいほどにお辛かったことでしょう」

魔王は何も言いません。ただ私を見上げ薄く唇を開いていて。

「ただの女魔法使いでございますが、私に出来ることなら何なりとお言いに」

魔王は何か話したそうに顔を動かしたので耳を傾けました。

すると彼は私の唇を小さく吸ってふっと息を吐きました。

それは永遠とわの眠りの入り口であって、二度と息をすることはないのだと言い聞かされたようでした。

「……人とは何とむごい生き物なのでしょう」

私はもう二度と目覚めぬ男を想い涙を流しておりました。

「お可哀想に」


 国王は連れ帰った魔王を丁寧に埋葬しました。

教会にも生家にも帰せぬそうなので、神官と私と陛下でこっそりと。

「彼は何か言っていたか」

「いいえ、何も。ですが」

陛下は憂いた目をしておいででした。

「……最後は穏やかな顔をしていらっしゃいました」

「そうか。そうか」

陛下は確かめるように二度言い、その後は口を開きませんでした。


 それが百年前。陛下も身罷みまかり当時を知る者はなく、私は古い塔で静かに暮らしておりました。

コツコツと窓を叩く者があったので、外を窺うと一羽のカラスがおりました。窓を開けるなりカラスは言うのです。

「婿も取らずに隠居か? 魔法使い」

すぐにあの人だとわかりました。

「貴方に唇を奪われてほかの男など考えられなくなったのです」

「それは悪いことをした」

招き入れるとカラスは羽を大きく広げ一人の男になりました。

「物が多いな」

「魔法使いの家はこうなるものです」

「左様か」

「何かお飲みになりますか?」

「目が冴えるものがよい」

「ではそのように」

王の友と言っておいででしたからこの方も尊いお方なのでしょう。

茶を運ぶと魔の王は私の銀髪をするりと撫で唇を寄せました。

「お前はやはりく美しい」

「まあ。人の気も知らないで」

今生こんじょうの別れと思っていたのに何と言う仕打ちでしょうか。

魔王はハーブの香りに目をしばたたかせケンと咳き込みます。

「これは強い」

「私を待たせた罰とお思いになっては?」

「待っていたのか?」

「いいえ、時間が癒してくれればと」

本当に人の気も知らないで。

彼はすまぬと再び私の髪に口付け茶を飲み干しました。

 それからは二人で街へ行き、買い物をして塔へ帰りました。

百年も経てば熱い物など喉元を通りすぎるものですから、私たちは誰にも悟られず、ただ静かに暮らしました。

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