第8話 特訓!

『――さて、次回のリベンジャーは!? ひなぎくジャパンゴールキーパー、蔵波くらなみみゆき! 彼女が再戦を果たしたい相手はなんと――!? 次回も、あの人に勝ちたい! 勝利の栄光を君に!』

 のりことりょうたは、ある番組に夢中だった。

「次回のリベンジャー、楽しみね!」

 のりこが目を輝かせながら語っているその番組は、「リベンジャー! あの人に勝ちたい」と冠するバラエティ番組で、主に現役アスリートが特定の人物を指名して対戦するものである。

 本来、対戦相手の指定条件等は設けられていないが、出演アスリートが過去の対戦相手に挑み、雪辱を果たすことが慣習になっている。なお、当番組は生中継されるため、筋書きのない熱い展開が人気を博している。

「蔵波選手の対戦相手、誰なんだろう??」

 りょうたも、この番組は毎回楽しみにしている。そこで、のりこは何気なく言う。

「りょうた......来月は運動会、頑張ってね!」

 りょうたは不思議に思う。まるで、のりこは他人事のような語り口調だった。

「おねえちゃん、何だか浮かない顔だね......」

 のりこは心なしか悲しい顔をしている。

「りょうた......聞いてちょうだい。私のクラスが男の子ばかりなのは知ってるわよね?」

 りょうたはまだ気付かない様子。のりこは続ける。

「女の子個人だと、参加できる競技が限られちゃうのよ......」

 のりこにとって、運動会は楽しみにしている学校行事の一つであること。りょうたはそれを忘れていた。その言葉を聞いて、ようやくそれに気付いた。

「そっかぁ......おねえちゃん、残念だね。その分僕が――」

 のりこは、りょうたの言葉を遮って言葉を返す。

「......そこで私は、りょうたの特訓をすると決めたわ!!」

 のりこの言葉には気合いが入る。しかし、りょうたはその事にまだ同意していない。

「えぇ!? なんでそうなるの!!」

 りょうたは、のりこの願いを一方的に押し付けられる形になってしまった。こうなると、彼に意思決定権は残されていない。

「明日から放課後に特訓よ! いいわね?」

 りょうたは、その言葉に従うしかなかった。

 翌日、二人は放課後に自宅の庭で特訓を始めた。

「まずはランニング!」

 りょうたは言われるままに走る......すると、何やら猛進する足音が聞こえてくる。

「ワン! ワンッ!」

 どこからともなくケンがやってきた。彼が文恵の家から脱走することは日常茶飯事で、もはや見慣れた光景となっている。

「りょうた、こうなったらケンちゃんと競走よ!」

 りょうたは、いきなりケンと競走をすることになった。当然ながら、イヌの駆け足は圧倒的に早い。

「りょうた! 気合が足りない!」

 のりこの指導に熱が入る。しかし、りょうたはとてもついていけない。

「二人とも、楽しそうね?」

 何やら、京子がジャージ姿になっている。

「夕飯まで少し時間あるし......私も走っちゃお!」

 ついに京子まで参戦してしまう。りょうたは苦戦を強いられた。まさか三つ巴の戦いになろうとは......。

「僕もうだめ......」

 ついにりょうたはへたばってしまうが......何故か京子とケンがいい勝負をしている。

「ケンちゃん! 頑張れぇっ!!」

 もはや、無秩序としか言いようのない光景だった――。

「二人ともお疲れ様。麦茶よ」

 京子がのりことりょうたへ麦茶を差し出す。

「......キンキンに冷えてるわね!」

 のりこは言い回しがおやじ臭い。

「......あぁ、生き返る......」

 乾いた喉から、清涼な水分が体中へ染みわたる。りょうたにとって、これは格別なご褒美に違いない。

「久々に走ったから、少し体が痛いわねぇ......」

 言葉とは裏腹に、京子は涼しげな顔をしている。

「さて、今日はこれで特訓はお終い。明日からも頑張りましょうね!」

 京子はにこやかな表情で言う。二人もそれに頷く。

 次の日、一同は上り坂の手前に来ていた。

「今日は、坂道の特訓ね!」

 京子は嬉々として語る。

「......さぁ、二人とも付いてきて!」

 京子は走り出す。

「おかあさん、早い!?」

 のりこは自転車で追うが、何故か京子に追いつけない。いつの間にか、ケンが京子に伴走している。とにかく、母とイヌが速すぎるのだ。

「みんなぁ......待ってよぉ......」

 りょうたは早くもバテている。自転車ののりこも同様に。

 へとへとになりながらも、二人はどうにか坂道を登り切った。その先に、京子とケンが涼しい顔をして彼らの到着を待ちわびていた。

「さすがに、坂道を走るのは体に堪えるわぁ」

 京子の言葉と表情が嚙み合っていない。彼女の体力は底なしなのだろうか。

「さぁ、一度休憩して次の特訓に入りましょうか」

 実のところ、二人以上に京子はやる気に満ち溢れている。二人は、京子の体力にたじたじだ。

 そして数日間の特訓を経て、運動会当日が訪れる。

「りょうた! しっかりしなさい!!」

 のりこのげきが飛ぶ。短距離走で、りょうたは後方に位置している。

「特訓の成果を見せなさい!」

 のりこの鼓舞も空しく、りょうたは最下位という結果に終わった。

「もう、不甲斐ないわね......」

 のりこは残念そうにしている。しかし勝負は時の運、諦めも肝心だ。

 その後も、りょうたの特訓が成果へ結び付くことなく本番が終わった。

「何だか散々だったわね......」

 さすがにのりこも、意気消沈ぶりを隠せない。二人は、運動会の結果を京子に報告していた。

「二人とも、努力は結果が全てじゃないの。目標に向かって頑張ることは大体の人ができる。けれど、目標を達成してもなお努力していくことはとても難しいの」

 母の言葉には、含蓄深いものがある。のりことりょうたには少々難しい話かもしれないが、それでも二人は京子の話に耳を傾ける。

「たった1ヶ月くらいの間だったけど、二人の努力している姿はとてもかっこ良かったわ。運動会はこれで終わってしまったけれど、目標に向かって努力したという事実は変わらない。この経験をきっかけに、何でもいいから努力してみるといいと思う」

 母の言葉は、間違いなく二人の心に刻まれている。今はぼんやりとしていても、彼女の言葉の意味を理解する日がきっと来るだろう。

 かくして、のりことりょうたにとって運動会は貴重な思い出になった。

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