第7話 それぞれの1日



 時は島長一家の通勤・通学の朝に遡る。

「みんな、いってらっしゃい!」

 京子は笑顔で良行を見送る。そして、子供二人の初登校を見送る。良行はバスに揺られて20分程の道のりを進む。通勤時間帯にもかかわらず、乗客は数えるほどである。以前は通勤ラッシュが当たり前だった良行からすれば、羽馴島での通勤はまるで別世界に思える。加えて、緑豊かな景色に心も洗われる。これで職場の雰囲気が良ければ申し分ない、そう思う良行であった。

 バスを降車すると、バス停から徒歩数分の場所に彼の転勤先となる職場がある。そこには、湾岸銀行羽馴島特別出張所の看板が立っていた。彼は都市銀行の銀行員で、人事異動に伴いこの島へ転勤となったのである。離島という土地柄のためか、銀行の割には地方の郵便局なみにこじんまりとした建物である。

 転勤後の初出勤、良行には気合が入る。

「まずは第一印象。明るい挨拶を心がけよう!」

 建物へ入るにあたり、良行は第一声を放つ。

「おはようございます!」

狭い建物内には職員が数名。一同の目線は良行へ向けられる。

「この度、当支店へ転属となりました島長良行です! よろしくお願いいたします!!」

 普段の穏やかな良行からは、想像もつかないほどの気合の入れようだ。それをみた一同からは、くすくすと笑い声が聞こえてきた。その中で、ひと際風格のある男性職員が笑いながら言う。

「......君が島長君だね? そんなに気張らなくても、取って食ったりしないから大丈夫だよ」

 どうやら、この男性職員が所長なのだろうと良行は理解した。何だか、変に力んだ自分が少し恥ずかしく思えた。

「私はここの所長をしている木永きながです。よろしくね」

 木永は良行を快く受け入れてくれた。彼はさながら、家族と話すような暖かい眼差しを良行へ向ける。良行は、この転勤は幸先がよいと直感した。

 さて、のりことりょうたはどうだろうか。二人は京子と共に自宅から徒歩20分ほどの道のりを歩いている。

「おねえちゃん、道草してると遅刻しちゃうよ!」

 のりこは弟から注意を受ける。しかし、彼女はそんなことなどお構いなしだ。

「......あれ、何かしら?」

 そこには一匹のタヌキがいた。よく見ると、ほほに三日月を思わせる切り傷がある。

「ルナちゃん、こっちへおいで!」

 のりこはタヌキをルナと命名したようだ。しかし、ルナは警戒しているのか一定距離を保ったまま微動だにしない。それでものりこは、ルナの気を惹くことに夢中だ。

「......のりちゃん、行くわよ!」

 みかねた京子は、のりこの腕を力づくで引く。

「痛い! 痛い!! 分かったからやめて!」

 のりこは、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にする。その様子を、ルナはただじっと見つめる。

 ――その後、二人は無事に登校した。校門は、古びた一枚板に羽馴町立いぬい小学校の文字が刻まれている。そこから校舎の歴史を想起させる。

「さて、担任の先生にご挨拶しないと」

 京子は、子供二人を連れて職員室へ向かう。

「おはようございます。この度、この小学校へ転校して参りました島長です。先生方、のりことりょうたをよろしくお願いいたします」

 そうして、京子はそれぞれの担任へ二人を預けて帰宅した。

「クラスの人たち、仲良くしてくれるかなぁ......」

 りょうたは、転校生らしい期待と不安が入り混じった面持ちだ。一方のりこは――。

「テンコーセーか何か知らないけど、どこからでもかかってきなさい!」

 のりこはいろいろと勘違いしている。まず、転校生はのりこ自身である。それに、初日からクラスメイトと戦うつもりなのか......。いや、そこはあまり触れないでおこう。

 そして、いよいよのりことりょうたは転校生として紹介される。

「はっ、はじめまして......。と、東京から来ました、島長りょうたです......。よ、よろしくお願いします......」

 りょうたは、緊張のあまり表情が強張っている。

「みんな、りょうた君に拍手!」

 クラス一同、拍手で彼を迎えた。りょうたの第一歩は手ごたえありだ。

 ――さて、のりこはどうだろうか?

「私、東京から来た島長のりこよ。テンコーセーってのはどこにいるのかしら?」

 のりこの勘違いは、一切手直しされないまま進んでしまった。

「のりこちゃん、転校生はあなたのことよ?」

 先生の顔が引きつる。クラス一同も、のりこの言動に訳が分からず口をぽかんと開けている。

「......先生、よく見たらこのクラスは男子ばかりね。これはつまり......ハーレムっ!?」

 おそらく、のりこは紅一点と言いたいのだろう。しかし、転校初日に少々飛ばしすぎではなかろうか?

「......みんな、のりこちゃんは少し変わった子かもしれないけど、仲良くしてあげてね?」

 先生は必死にのりこを擁護するが、のりこは意に介していない。

「テンコーセーのみんな、よろしく!」

 のりこの勘違いは徹頭徹尾、先生は前途多難と悩む。

 かくして、それぞれの初日が終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る