知らん女に金魚食われた話

尾八原ジュージ

知らん女に金魚食われた話

 ごめんなぁ。キミちゃんにもらった金魚、全滅しちゃった。

 いやさ、こないだアパートに帰ったら部屋の鍵が開いててさ。たぶん出かけるときにかけ忘れたんだよね。オレ時々やるのよ。まーでもとられるようなものなんかないんで普通に開けたら、なんか知らん女がいてさ。

 知らん女が金魚食ってんのよ。

 オレの部屋の水槽に手ぇ突っ込んで、掴んだやつを口に入れてさ。ウエッとかオエッとか言いながら金魚食うのよ。

 もう開いた口がふさがらんのよ。

 いや知らんのよ美人かどうかとか。ボロボロ泣きながら金魚食ってんのよ。女の涙がボトボト床に垂れてさ、それを見てきったねぇなと思ったのを覚えてるよ。なんか金魚食われてんのより頭にきたよ。そしたら女がこっち見てさ。

 笑ったよね。

 ニタァーってさ。そんで口ん中がなんかキラキラしてんのよ。ちっちゃい鱗でさ。

 その笑顔見たらウワァーーーっとすごい嫌悪感がきてさ、オレ女ほっといて逃げたんだわ。

 近くのコンビニの駐車場まで走って、顔見知りの店員に警察呼んでくれって頼んでさ。家に知らん女が上がり込んでるんだから、普通に通報案件でしょ。

 他人の顔見たらオレ、急に怖さがきてさ、コンビニでガタガタ震えてたら、店員が「よかったら」ってコーヒー出してくれたんだよね。

 ありがてぇと思って飲もうとしたら表面にちっちゃい泡が浮いてるじゃん。あれでなんかオレ、金魚の水草についてる気泡を思い出してさ、芋づる式にさっきの女も思い出してさ、もう飲むどころじゃないのさ。コンビニの床にゲロ吐いちゃった。

 大騒ぎしてたらようやく警察がきて、事情説明して家見にいってもらってさ。そしたら女がいないのな。一応隅々まで探してもらったんだけど。

 まぁ逃げたんじゃないすかとか言われて、届がどうたらこうたらとか説明されたんだけどまぁ全然頭入ってこないのよ。でも女はいなくなったわけだし、よかったよかったと思いながら自分でも部屋中見て回ったね。まぁワンルームのアパートだから、探すとこなんかほとんどないけどさ。

 ただ金魚の水槽は空っぽなんで、やっぱり夢じゃなかったんだな……とか考えながらベッドにひっくり返ってたら、煙草がない。

 無性に吸いたくなって、今度はばっちり鍵かけて部屋出てさ。さっきのコンビニに行って煙草買って、戻ってきたら部屋の灯りが点けっぱなんだけど、無人のはずのベランダに人影が……ていうかたぶんさっきの女がいてさ、こっちに手ぇ振ってるんだよ。

 逃げたわな。

 いや通報しなかった。もう一回通報して「見たけどどこにもいませんでした」って言われたらオレ、怖さで死ぬと思ってさ。そしたらもう逃げるしかないじゃん。その日は公園のベンチで、捨ててあった段ボール被って寝たよ。

 次の日がんばって帰ったら、結局また誰もいなかったわけだけど。とにかくオレ引っ越すわ、金貯めて。引っ越してまた魚飼いてえな。ピラニアとか飼えるのかな。

 いや、またあの女が来ないとは限らんからさ。

 噛みつき返すくらいのやつがいいかなって。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

知らん女に金魚食われた話 尾八原ジュージ @zi-yon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ