SISSY☆FORCE

梅木こえ

第1話 越してきたみつき、あかりの一目惚れ

3月20日 日曜日 あかり

 今日は美術部の先輩を送り出す告別式。拓実先輩と彩芽先輩二人だけだけど、私達にはとんと優しくしてくれたから、ちょっと豪盛にサイゼに行った。サイゼで豪盛?と思われるかもだけど、都立高通ってる子のお財布事情なんてそんなもんでしょ。それにうちの高校は下手に進学校だったりして、バイトもできないわけ。サイゼでも、ボロボロの美術室でやるよりは心がこもってるかなと。テレピン臭いしね。

 それで、これからが今日の本題で、告別式もお開きにしようとしてたとき、とんでもないものを見たって話。別に料理にゴキブリが入ってたとか変質者が店内に現れたとかじゃなく(むしろその逆で…)とんでもなく美しいものをね、見たの。紹介遅れたけど、私はレズビアンで、電車とかでかわいい女の子を見かけると目がチラチラしちゃうタイプなんだけど(意味わかるかな)、今日はそれを150倍に濃縮したチラチラが強烈な雷とともに来たわけ。そう、その通りで、要はかわいい女の子がサイゼに入ってきたの。一人でね。私はガラス扉が見える席に座ってて、その子が目に入った途端、中森明菜の歌みたいに全てがスローモーションになってBobby BlandのTwo Steps From The Bluesが流れた。扉が0.25倍速で開いて、その子がゆっくり入ってくるわけだけど、扉のリンリンは聞こえずにTwo Steps From The Bluesだけが聞こえてた。なんて劇的な登場なのか。一人で来てるのがわかったのは店員さんに指を一本立てて一人ですって示してることからと、韓国の脱コルしてる人みたいな素っ気ない服からも男と会う可能性はゼロだなと。別に男と会うとは限らないし、この子が脱コルしてる中性さんの可能性だってあるから、今みたいなことを直感的に思う自分が性規範を内面化してるみたいで、嫌だな。。私もそうだけど、店員さんとコミュニケーションを取るときジェスチャーを使うのは声が小さい人の特徴で、さんざん「えっ?」って聞き返されてるんだろうなと。自信がないタイプの奥手な子かもしれない…なんて妄想までした。

 さっきとんでもなく美しいものとかかわいい女の子とか書いちゃったけど、その子は私の好みだっただけで普通の人からしたらそうでもないかも知れないし、そうなのかも知れないし、全然分からない。私にはそれが分からない。とにかく、私は顔の作りやスタイルの良さだけで一目惚れすることはなくて、好み/好みじゃないを決めるのには、歩き方とか、動作のスピードとか、無意識下での仕草とか、微妙に出てる生活感とか、コーデの適当さ具合とか、そういう細かなたくさんのパラメーターが合わさったオーラみたいなものが関係してる気がする。で、その子はそのオーラがバツグンだった。良かった。

 頭の中がぐるぐるして、Two Steps From The Bluesが終わった頃(例の子はもうどこかの席に着いたみたいで見えなかった)、2分40秒も経ったのかと思う前に、隣りにいた同学年の玲奈が私の目の前で手を振っているのに気付いた。

「あかり、どーしたの?ボッーとしてるよ」と玲奈。

「はっ」私。

「あかりは心ここにあらずのときはすぐに分かるよ」と玲奈。

「ごめん。先輩にも会えるのは殆ど最後なのにこんなんでごめんなさい」と私。

「謝らないで、何か考えてたんでしょ。よく考えるのはあかりのいいとこじゃん」と拓実先輩。ありがとう。

 鼻血が出たりしなくてよかった。誰かに一目惚れしたなんて思われたくないし。

 結局、その日は例の子がどこの席に座っているのか気になってソワソワし通しだった。店を出る最後まで見つけられなかったけど。あの子を見られたのは今日が最初で最後かと思うと悲しくて、なんのためにナンパという行為が存在するのか身にしみて分かりました。おやすみなさい。


3月20日 日曜日 みつき

 今日は私達一家が東京に越してきて2日目。新しい家から程川駅を挟んで数駅のところに住んでいる伯父と伯母の家を訪ねた。父さんはいきなり仕事が入って忙しいらしくて行けないし、母さんはあまり伯父一家をよく思ってないみたいで、行きたくなさそうだったので、一人で行ってきた。一人で行くのには好都合もあって、それは帰りに、程川駅周辺にある3つの楽器屋さんに寄れること。母さんが一緒だと長居するのを嫌がってあまり楽しめないだろうなと。福岡にいたときから、楽器屋さんではギターかベースを試奏してる。でも私が女に見えるから弾けないだろうと思って渡してくれない店員がたまにいる。むかつくけど、こんなセクシズムが染み渡った日本でのことだから仕方ないなと思ったり。反対に、私が適当にブルーズぽいフレーズをちょちょっと弾いただけで「かっこいい! ギタ女ですね!」って言ってくれた店員さんもいてその時は満更でもなかった。でも、それだって「女なのに弾ける!」っていう驚きもあるだろうから偏見あるのは変わらないか、とも。

 さっき女に見えると書いたけど、私は男です。正確には、女性になることを目指し続けることを心に誓ったけど、それは永遠に叶うことはないことを知りつつ、目指すことを止めるつもりはない男性です。なんでこんなこと書くかっていうと私はTERFさんたちの言ってることを見すぎて、私は男なんだなぁと強く実感したことがあって、あの方々から叩かれないように、こんなスタンスで行くことにした感じ。要はターフによしよしされたいオカマ。同胞からは「生きてて恥ずかしくないの?」って言われそうだけど、これが生き抜くために選んだ道。でもここまでパス度高いと男子トイレ入るわけもいかず、女子トイレに行くわけだけど(一応極限まで我慢するよ!)、それじゃよしよししてもらえないよね…あの人達、ちんこついてる人間が女子トイレに入ることが世界の終わりみたいに思ってるから。あと私は、ターフに言われずとも自分の男らしい面は知っていて(それは女の子を好きになることなんだけど…)、どうにかしたいと思ってる。それでセルフコンバージョンセラピーみたいなチャレンジをしているものの、それについて書くと長くなるのでまた今度。「女の子を好きになるからって男だとは限らないよ。レズビアンって言葉を知らないの?」って言われたら「でも私にはちんこついてますけどそれでもレズビアンって認められますか?」って返すつもり。トランスのアクティビストじゃない限り微妙な返答しかできないと思う。

 ここまで屈折してるMtFのパス度が高いなんて信じられないって? あんたはリアルを知らなさすぎ。どんなに埋没してても屈折する人はしますから。以上。

 じゃなくて、今日あったことを書くつもりだった。それは、楽器屋さんに行く前ににんにくの効いたパスタを食べたくなってサイゼリヤに寄ったら、変な女の子に出くわしたのね。扉を開けて店内に入ったら、既に私のことをガン見してた。ショートヘアでFtM感もある女の子だったので見破られた気がして嫌だった。それで、Uターンして店を出てったの。歳は多分私と同じ高校生くらいで、もしかしたら私が転入することになってる程川台高校の子かもしれなくて、校内で出くわしたらどうしようなんて考えてた。あと付け足しておくと、私のゲイダーもちょっと反応した。「ゲイダーってどっちのゲイダーよ!?」って話だけど私はどっちもあるんで。シンメトリカルなゲイなんだよね。さっきも言ったけど、今は自分にコンバージョンセラピーを課してて、シスの男の人にしか興味を抱かないようにルールを作ってるから、ビアンのゲイダーが反応しても無視することにしてる。

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