005 傾く十字架

 人の往来をぼーっと見つめていた。 


 駅前のマクロナルド前に居座り、花宮古が来るのを黙って待っていた。


 マックに入っていく人が、皆俺の方を一度見て『わお』という顔をする。


 俺は憮然とした顔でそれに応える。


 特に文句を言うわけでもない。


 それにもう慣れた事だ。


 天気を見上げる。


 朝からずっと灰色の不安な雲が渦巻いている。


 舌打ちをする。


 息を静かに吸って口を閉じた。


 ……忙しいのか。


 珍しい事だ。


 昨日も用事があったみてぇだし、今日もその関連なのかもしれない。


 まぁ、気長に待つか。


 ぐっと足を伸ばす。


 そういえば、あいつの連絡先しらねぇな。


 ふと、そんな事を思った。

 



 雨は降らなかった。


 お預けを食らうかのように、じめっとした空気が不安を高める。


 そのギリギリの合間、人並みは変わらず激しく行き交っていた。




 照明が眩しい。


 空が一段と暗くなってきた。


 弟たちの飯は今日に限っちゃ買って帰るつもりだったが。家に遅くなると連絡だけ入れとくか。




 周囲は完全に闇の中に沈んでいた。


 人の往来は帰宅どきなのか、激しさを増している。


 アイツ、大丈夫か……?


 首を捻る。


 首を伸ばし、辺りをキョロキョロと見回す。


 溢れる男女の群れを瞳で追い、アイツを探している。


 意識せずとも、自然にそれを行なっていた。


 確かに、俺もいつの間にかアイツのことを友達だと感じていたのかもしれねぇ。


 目で追うこの気持ちは、敵対者とは違うもっとあたたかな気持ちなのだから。




 人の群れの中から少女が姿を現した。


 肩を激しく上下させ、息を切らしている。


 制服姿じゃない。


 昨日と同じ修道服の上にコートを羽織っていた。


 背中には十字架がまた背負われている、


 汗を垂らし、頬を上気させていた。


「お、遅れてしまった……っ! すまない!」


 両手を合わせ頭を下げる。


「どうしても外せない用事が、あってな」


 にこりと笑ってみせる。


「これから話す、というのも、もう時間が遅いな」


 花宮古は自分の腕時計を確認して、困ったなと淡く笑う。


「また明日話しゃあいい。気にしなくて構わねェよ」


 ぼりぼりと頭を掻いて答える。


 「そうか!」とこいつは声を上げ、パンと手を叩く。


「じゃあ、また明日ここに集まろう!」


 そう言って花宮古は素早く背を向けて。


 俺は彼女の手を逃げないように掴んだ。


「え」


 間抜けな声を上げる。


 戸惑いの瞳が俺を捉えた。


「今日は、帰るんじゃない、のか?」


 唇が動く。


 じろっと俺はこいつの顔を見つめる。


 花宮古は微かに目線を逸らした。


「…………やっぱテメェ調子がおかしいな」


 驚愕に、目が見開かれた。


 この女は動揺した時は思った以上にわかりやすい。


 ちょっと一緒にいる時間が長けりゃその見分けもすぐにつくはずだ。


 少なくとも、顔をよく見りゃあ分かる。


 彼女は俺の手を振り払う。


「…………ばれてしまうのか」


「観察は怠らねぇようにしてたからな」


 鼻を鳴らして言うと、いたずらをした子供のように彼女はしょげた。


「熱気味で……」


「嘘をつくんじゃねぇ。もっと別にあんだろ」


「……」


 彼女は黙り込んでしまう。


「テメェ昨日『友達の自分を頼れ』っつったな」


 返事はない。


 コートの裾を握って。


 躊躇うように。


 ずっと俺を見ようとしなかった。


 不安を押しつぶして、何もないと自分に錯覚させるみたいに。


 ため息をつく。


「いいか? 俺ァーテメェが暗ぇ顔してんの見んのが嫌なんだよ」


 両肩をガッと掴む。


 衝撃で花宮古はほんの少し俺を見た。


「話せ。異論は認めねェ」


 低く言い放つ。


 無理矢理にでも花宮古の顔を見る。


 どこか無理をしているようだった顔が、少しだけ柔らかな表情になっている。


 諦めの顔。だけれど安心したような。


「強引だな」


 花宮古は俺にずいと身を寄せた。


 周りの行き交う人並みには聞こえないように。


 俺だけに声が聞こえるように。


「笑わないでくれ」


 そう呟いて自分の首筋を指差した。


 そこには、二つの穴があいていた。




「吸血鬼にな、咬まれたんだ」

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