004 Tomorrow for friend

 放課後、もう暗くなり始めた時間。


 隣町のレンタル屋からビデオを借りて帰っていると、たまたま花宮古の後姿を見つけた。


 道は人通りが少ない細道で、周りには家が立ち並んでいる。


 学校の帰りという風貌じゃなかった。


 制服というよりも修道服。


 シスターが教会で着てそうな服に身を包んでいる。


 おまけに背中にでっかい十字架を背負っていた。


「よォ、花宮古涼音」


 びくっ、と花宮古の肩が揺れた。


 一瞬恐れみたいなものを感じた様子だったが、すっと振り向く。


 髪がなびく。


 凛としたその顔は、花宮古で間違いなかった。


「桑ノ助か。息災か?」


「おう。テメェこそ元気かよ」


「ああ。なんせ連戦連勝の花宮古涼音だからな」


 はっはっは、と調子に乗ったように笑う。


 この、と軽く小突こうとしても素早く避ける。


 相変わらずすばしっこい奴だ。


「まだ勝ってねェだけだからな。近いうち俺の時代が来るんだよ」


「ほぅ? 楽しみにしているぞ」


 それは煽りでも何でもなく、本当に楽しみにしてるようだった。


 まぁ今は負けばっかだが、最近はこいつの動きを目で追うのも前より楽になってきた。


 無駄じゃあねぇな、やってることは。


「つーかよぉ、その背中に背負った十字架は何だ」


 のっそりと俺は動き、こいつの背中を覗き込む。


 妙にきらびやかな十字架だ。


 それでいて、どこか近寄りがたい雰囲気もある。


 いや、それ以上に血なまぐさい。


「テメェの得意分野は剣じゃなかったのかよ」


「いや、剣が、得意だ」


 目をそらす。


 話したくねェなら今すぐ聞くことでもねェか。


「なぁ、一回その十字架と俺の拳で戦おーぜ」


 それは思い付きだった。


 べつに深く考えたわけでもなく、こいつが背負ってるならこいつの武器だし。


 一応懐にメリケンサックくらいは入ってる。


 ちったぁガードできんだろ。


 まぁ、避けるくらいはどうにか————


「駄目だ‼」


 帰ってくる言葉は驚くほどに強かった。


 漏れ出た言葉は早く、苦しそうだった。


「これを使うのだけは、だめだ」


 消え入りそうだった。


 どーにも様子がおかしい。


「ンだよ。そんなに危険なのかよそれ」


「…………」


 喋らねぇが、こりゃ図星だな。


「じゃあ、しゃあねぇ。俺もまだ死にたくはねェしなァ」


「深くは、聞かないのだな」


 安堵と共に、申し訳なさそうな声。


 俺を恐る恐る見てやがる。


 ぽん、とこいつの肩を叩く。


 すると、少しだけこいつの肩の力が抜けた気がした。


 心の底からほっとするように。


「いやなら仕方ねぇ。まぁ、急ぎの用じゃねェ限り聞かねェよ」


「……感謝、するよ」


 そうやって儚げに笑った。


 と、同時に俺の片手にぶら下がっている袋を見て「おっ」と声を上げる。


 話を変える意味もあっただろうが、単純に興味を惹いたんだろう。


 目をきらつかせて袋に近付く。


 レンタル屋の袋で、中にはビデオが入っている。


 古いやつだ。


「隣町まで行ったのか。お前の家と方角が違うのはそのためか……」


「ああ。なかなか見つかんなくてよォ」


「なんだ。アーレウッド作品か? 劇場未公開のものだとは思うが……ゾンビもの……いや、単純にパニックホラーか?」


「ちげェよ」


 袋を開けて中身を取り出す。


 その表記を見た瞬間、彼女の瞳の輝きは抑えきれないほどに眩さを増した。


 口角が上がり、にっこりと笑う。


「『大王イカ女の恐怖』じゃないか‼」


「おう、テメェ好きだって言ってたろ? それから俺も見たくなったんだ。どうにか隣町で見つけてなァ。県内ならある程度までははしごするつもりだったんだがラッキーだ」


「レジェンド級のクソ映画とは恐れ入った……。しかし……」


 こいつの大好きなモンだからてっきりいつものように早口の長文が飛び出るものと思っていた。


 だがどこか不可思議そうな顔をしている。


 別に状態も悪くねェモンだと思うが……。


 花宮古が俺を不思議そうに見た。


「見たいなら私に一言言ってくれればよかったじゃないか。家に在るぞ?」


「いやまぁそれは知ってるが」


 別にレンタルで探すくらい、一年の奴らをたよりゃあ大変じゃあねェし。


 花宮古は、何か悟ったように「ははーん」と呟く。


「さては遠慮だな? 桑ノ助にしては可愛いところがあるじゃないか」


 このこの、と俺の腹を肘でツンツンしてくる。


 別にそんなつもりはなかったんだが……。


「遠慮はするな、友達だろう?」


 首を、捻った。


「友達……?」


「なんだ? 何度も喧嘩をして、同じクソ映画について語り合った私たちの関係が友達じゃないと言うのか?」


 考えた事がなかった。


 言われてみるとそう言えなくもない。


 だが……うーん。


「嫌なのか?」


「嫌じゃねェなァ……」


 悪くねぇ。


 宿敵と呼ぶには俺たちの関係はもう近すぎる。


「じゃあ友達だ。今後何かあれば私を頼ると良い。助太刀するぞ」


 満足そうだ。


 言われてみるとこいつのせいで俺は短期間でだがクソ映画初級者になってしまったんだ。


 こいつからすりゃあ喜ばしさもすげぇもんだろうな。


「じゃあ、そん時は頼む」


「承知したぞ」


 暗闇の迫る空をバックに、こいつは何よりもすがすがしい笑みを見せた。


「じゃあ、今日中にこれ見て明日いつもの時間にマックで待ち合わせるかァ」


「ああ。そうしよう。今日は私も予定があるからな……」


 視線が落ちる。


 地面。


 影。


 闇に身を落とすような。


 暗い声。


「頑張れ。なんだか知らねぇが、テメェは強いんだからよ」


 こいつの事情はよく分からねぇ。


 どこか俺と一線引いているところがあるからだ。


 だが背中を押すことくらいはできるだろう。


 現に彼女はその言葉に勇気を得たのか、きゅっと拳を握りしめた。


「ああ。勿論。今日中に終わらせて明日は遅刻しないようにしよう」


 そう言ってくるり、と踵を返すと十字架の重みを感じさせない軽やかなステップで走っていく。


 灰色の世界に身を消していく。


 俺はその姿が見えなくなるまで手を振っていた。


 ゆっくりと。


 ゆっくりと。


「楽しみにしてるからな」

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