第33話 真実

「セレーナ……」


 聞きたい事をオブラートに包まずに問うと、リュード様は気まずそうな視線を逸らした。


 お願い、嘘だと言って。リュード様はただの釣り人で、魔法が得意な不思議な人って事にして。


 ……そんなわたしの願望は、儚く散る事になる。


「そうだ。僕の正体は西の国の元王子の、リュード・マルフォードだ」

「本当だったんですね……それじゃ、五百年というのは……」

「それも本当だ」


 何かを諦めたかのような、悲しい笑顔を浮かべるリュード様。それはとても儚くて、今にも消えてしまいそうな雰囲気があった。


「君には全てを伝えないといけないようだ。そうだな……何から話そうか。ほら、立ち話もなんだし、ここに座りな」

「はい……」


 わたしは言われた通りリュード様の隣に座ってから、リュード様の手を握った。こうでとしておかないと、リュード様がどこかに消えてしまいそうだったから。


「そうだな……まずは僕とこの滝の歴史の勉強をしようか。僕は五百年前、西の国の第二王子として生を受けた。幼い頃から魔法が得意で、当時は歴代最強なんて謳われてたんだ」

「だから魔法が得意だったんですね……」

「まあね。そんな事を言われながら成長し、将来は兄が王になり、それを支えると思っていた……だが、事件が起きた」

「事件?」

「この滝さ」


 リュード様は、恨めしそうに滝のことを睨みながら、更に言葉を続ける。


「この滝のすぐ近くに、悪い魔女が住んでてね。善良な市民を食い物にしたり、魔法の実験に使っていたんだ」

「ひ、酷い……!」

「ああ、酷い行いだ。だから、僕は他の魔法使いと共に、魔女を倒した。めでたしめでたし……にならなかった。その魔女は、死ぬ間際に、この地に呪いを残したんだ」


 この滝に呪いを……それって、この滝に縛られている亡霊に関連する事?


「その呪いは、この滝に心が弱っている者を呼び寄せ、飛び降りさせて殺すものだった。しかもこの地に亡霊として縛り、永遠に苦しませるものというタチの悪さだ。魔女はきっと、自分だけ死ぬなんて嫌だ、他も巻き込んで苦しめてやるって考えだったのだろう」


 なにそれ、酷すぎる。百歩譲ってその魔女が良い人だったのに、冤罪で殺されてるとかなら、酷いけどまだ気持ちは理解できたけど、自分が悪い事をしてただけなのに……ただの逆恨みだよ!


「この呪いは一種の洗脳みたいなものでね。気をつけてても、どうしようもならなかった。更にこの呪いは範囲を拡大し続けてた。このままでは更に被害は拡大してしまう。だから僕は、ここに来て呪いをどうにかしようとした」

「……それで、どうなったんですか?」

「情けない事に、完全に成功したとは言えない結果に終わった。呪いの効果がこの滝の近辺にまで及ばないようには出来たが、完全に封じる事は出来なかった。しかも、亡霊達が力と仲間を増やそうとして、他者を誘うようになった。きっと呪いで正常な判断が出来なくなったのだろう」


 ……言葉が出なかった。だって、当事者じゃないわたしが聞いてるだけで悲しいのに、当時の事を知っているリュード様の事を思うと、なんて声をかけていいかわからないの。


「まあそんなわけで、この美しい滝は悪い魔女と弱い王子のせいで、今も続く自殺スポットになってしまったわけさ。本当に……笑えない話だよ」

「リュード様は弱くありません! 国の人を守る為に立派に行動した、凄い人です!」

「ふふっ……ありがとう、セレーナ」

「……それで、リュード様はどうして五百年も前から今まで生きているんですか?」

「それは簡単さ。呪いをどうにかする過程で、僕は自分の命を使って封印を行ったからだよ」


 え、えっと……? それってつまり、どういう事?


「簡単に言うと、僕は五百年前に死んでいる」

「っ……!?」


 優しく微笑むリュード様の口から出た言葉。それは、先程ロイ様から聞いた言葉……『五百年前に国の為に死去した王子の名で、国の英雄』という内容と同じだった。


「この呪いは想像以上に強力なものでね。僕の全ての魔力と命を引き換えにしないと、どうにも出来ないものだったんだ。だから僕はこの地で命を捨てた。結果的に、僕は他の悪霊と同様に、この地に縛られた」

「なら……あなたは誰なんですか!?」

「僕の体に残っていた魔力だよ。ほら、君にも見せただろう?」

「五感や記憶を共有する魔力の分身……」

「そう、あれのおうよう版だと思ってくれればいい。魔力を保ってるうちは、魔力体として僕は僕でいられる。それが、君が見てきたリュードという幻影だ」


 それじゃ、今わたしが見ているリュード様は……触れているリュード様は、ただの魔力でしかないというの? きっと嘘は言って無いのだろうけど、あまりにも信じがたい。


「不幸中の幸いにも、魔力体という形で残った僕は、釣り人に扮してここに誘われた人を助ける為に活動していた。まあ……この地の呪いの力が強いせいか、セレーナ以外に助けられた人なんて、五百年の間に数人しかいなかった。セレーナの前なんか、何十年も助けられなかったしね」

「それ以外の人は……皆亡霊に……」

「ああ。せっかく命を賭して封印したのに、亡霊達が仲間を集めて力を増そうとして、人を殺していってる時は驚いたよ」


 悔しそうに顔を歪ませるリュード様。わたしの手を握る手にも力が入ってる所を見るに、本当に悔しかったのだろう。


 わたしが同じ立場だったとしても、きっとすごく悔しいし、悲しかったと思う。だって、目の前で沢山の人が亡くなって、その後も苦しんでいるんだよ? わたしだったら耐えられない。


「その、リュード様の事はわかりました……では、どうしてわたしを気にかけてくれたんですか?」

「久しぶりに助けられた人の応援をしたいと思ったのがきっかけだよ。だから、アドバイスをして送り出した。僕の予想に反して、君は何度も来てくれたけどね。あはは」


 ……あの時のアドバイスは、今でも鮮明に思い出せる。あの時のアドバイスがあったから、わたしはボニーさんに出会えたし、大好きな裁縫でご飯を食べていけてるのだから。


「そして、君と過ごす中で、どんどんと明るくなっていく君を見て、君に惹かれていった。この地に迷い込んだ人を助けないといけないのに、僕は君と過ごしたくて……笑顔が見たくて、残った魔力を投げ出すような事をした。ふふっ、軽蔑してくれて良いよ。あれだけ偉そうな事を言っておいて、自分の欲の為に残った魔力を使ってる馬鹿だって」

「そんな事言いません!」


 わたしはリュード様の言葉を遮るように叫びながら、リュード様の胸に飛び込むと、リュード様はわたしを優しく抱きしめてくれた。


 確かにリュード様の最近の行動は、聞く人によっては非難されるものかもしれない。でも、わたしはリュード様と過ごした時間はかけがえのないものだし、リュード様の優しさがとても救いになったの。


「それに、わたしだってあなたが……」

「……すまない、それ以上は言わないでほしい」

「ど、どうしてですか!?」


 あそこまで言ってくれたのに、まさか拒否されると思ってなかったわたしは、勢いよく顔を上げる。そこには、あまりにも悲痛なリュード様の顔があった……。


「これはあまり言いたく無いんだが……君にこれ以上隠し事はしたく無いから言うよ。僕にはもう、あまり時間が無いんだ」

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