【書籍化】呪われ令嬢の幸せ探し ~婚約破棄されましたが、謎の魔法使いに出会って人生が変わりました~

ゆうき@呪われ令嬢第一巻発売中!

第1話 どん底の人生

「セレーナ、お前との婚約を破棄する!」


 煌びやかな装飾品で彩られた豪華なダンスホールに、わたしの婚約者である、男性の声が響き渡る。周りからは、どよめきの声が上がっている。


 彼の名はフィリップ様。この国の第一王子様だ。金色に輝く髪と、ルビーのような真っ赤な美しい瞳を持つ殿方だ。


 今日は、そんなフィリップ様の十八歳のお誕生日。それを祝して、こうしてパーティーが開かれた。


 そこにわたしも無理やり連れて来られ、慣れないドレスを着させられて……その結果がこれだなんて、想像もしていなかった。


 ……いえ、それは嘘だ。わたしはいずれこうなるのではないかと思っていた。


 なぜなら……わたしはフィリップ様を含めた、お城に住む人々から、酷い虐め……いえ、虐待を受けている。


 わたしは元々貧困街に住む少女に過ぎなかった。しかし十年前……わたしが六歳の時、両親がギャンブルをするお金欲しさに借金をし、返せないと分かると、わたしを奴隷商人に売り飛ばした。


 ……わたしの受け渡しをする際に、これでギャンブルで一儲けできると嬉しそうに笑った両親の顔は、今でも鮮明に思い出せる。


 奴隷商人の元に来たわたしは、その後にフィリップ様に容姿を気に入られて購入された。


 ずっと酷い暮らしだったけど、国のトップの人に買われたなら、きっと幸せ……とはいかなくても、少しは昔よりも良い生活が出来るかもしれない。


 そう思っていたら、それ以上の事が起こった。なんと、フィリップ様がわたしを婚約者として迎え入れてくれたの。


『君はとても美しい人だ! 雪のような純白の髪、透き通った蒼の瞳……! 是非僕と将来結婚してほしい! 父上、この子が僕の伴侶となる人です!』


 嬉しそうに、そして自慢げに国王様にわたしを紹介するフィリップ様を見た時、わたしは好きじゃないけど、これでもう大丈夫だと思った。幸せになれると思った。


 でも……それは悪夢の始まりだった。


 わたしは城から少し離れた所にある離宮に押し込まれ、そこで過ごすように強要された。毎日まともな食事も与えられないうえに、服もボロボロの布一枚だけ。


 そんな生活を送っていたら、綺麗と言われた白の髪はボサボサになり、蒼の目の輝きも消え去った。


 それどころか、フィリップ様がふらりとやってきたと思ったら、ストレスをわたしにぶつけるように、暴力を振るってきた。


 もちろんそれだけではない。お城の兵士も暴力を振るい、メイド達は陰湿な嫌がらせをしてきた。おかげで、わたしの体はいつも傷だらけ。


 ……どうして、わたしがこんな酷い目に合わないといけないの?


 その疑問の答えだけど、フィリップ様は国王様から早く婚約者を見つけるように言われていたそうだ。そんな中、奴隷商人に売られている中で、容姿が一番まともなのを選んだという話を、随分時が経ってから聞いた。


 結局、わたしは両親にお金の工面として利用され、フィリップ様にはその場しのぎの相手として利用されただけ。そして、用が済んだからストレス発散として虐めて、最後は捨てられるというわけだ。


 わたしって……なんで生まれてきたんだろう……。


「おいセレーナ! 聞いているのか!」

「はい……もうしわけございません。聞いております……その、理由を聞かせてください……」

「わざわざ言わせるとは、とんだ性悪女だな! 俺の知らないところで浮気をしていたそうじゃないか!」

「そ、そんなのしてません……」

「黙れ! 浮気をするどころか、彼女を虐めていたそうじゃないか!」


 フィリップ様は、隣に立っていた女性の肩を抱きながら、わたしの事を指差してきた。


 彼女はサンドラ様。いつからかは覚えてないけど、フィリップ様と一緒にいるのを、よくお見かけするようになった方だ。腰まで伸びる燃えるような真っ赤な髪と、金に輝く瞳が特徴的で、最近はフィリップ様と仲がとても良いみたい。


 確か……侯爵家のご息女だったはず。もちろん彼女もわたしの事を虐めていた。笑いながら熱湯をかけてきた時に、自分の事を言っていたのを覚えている。


 あの時は……凄く痛くて、苦しかった。何日も痛くて眠れなかったし、今でもアザになって残っている。


「サンドラから聞いたぞ。石を投げたり、食事に虫を混入させたり、心無い罵声を浴びせたりと、やりたい放題だったそうじゃないか!」


 その……それは、全部わたしがされた事……。


 きっとわたしと婚約破棄をする為に、わたしがされていた事を、した側にするつもりなのね……。


「本当につらかったですわ……私、毎日泣いておりましたの……」

「ちがっ……わたし、そんな事は……」

「ああ可哀想に……こんな女よりも、君の方が美しいというのに! くそっ、貴様を見るだけで腹立たしい! 本当は処刑にしたいが、俺は寛大だから、国外追放で妥協してやろう。衛兵よ、その女をつまみ出せ!」

「そ、そんな……わたし、ここを追い出されたら行く所が……!」


 抵抗虚しくお城の外に連れ出されたわたしは、ドレスをひん剥かれて、いつものボロボロの服に着替えさせられた後、馬車の荷台に無理やり乗せられた。


「さあ出発……フィリップ様? どうかされましたか?」

「ああ、言い忘れた事があってな。俺はサンドラと婚約する事にした。貴様がいなければ、あの時父上から言い逃れが出来なかったし、俺に婚約者がいるというステータスになっていた。そのお礼に……ほらよ」


 フィリップ様は、わたしのおでこをちょんと触る。すると、わたしの頭の中が締め付けられるような激痛が走った。


「あああああああ!?!? い、痛い痛い痛い!!!!」

「あはははは! 無様だなぁ! それは俺の闇魔法の呪いだ。死ぬまで苦しむといい!」

「や、やめてください! 何でもしますから、許してください! い、痛いよぉぉぉぉ!!」

「ふん、やかましい女だ。用は済んだから捨ててこい」


 激痛に悶えるわたしを乗せて、馬車はガタガタと動き出す。


 何とか逃げだしたくても、お城の兵士がわたしの頭を押さえつけているし、ちょっとでも暴れようとすると、何度も殴りつけてきた。


「ふん、最初からそうやって大人しくしていれば良いんだよ。それにしても……お前がいなくなると寂しくなるぜ。折角の良いストレス発散道具だったのによ」


 兵士は嘲笑いながら、わたしの頭を更にグリグリと押し付けてくる。


 わたしはあなたに何もしてないのに……お願い、もう痛いのは嫌なの……もうなにもしないで……。


「おい、着いたぞ」

「なんだよ、これから楽しくなるっていうのに……楽しい時間はあっという間だな。ほら降りろ!」


 結局散々暴力を振るわれた後、ボロ雑巾のようになったわたしは、外に蹴落とされた。そこは、凍るような寒さに包まれた、薄暗い森の中だった。


「ひえ~相変わらずこの時期の森は、馬鹿みたいに寒いぜ。こんな所でそんな薄着でいたら、すぐにカチコチだろうよ!」

「ほら、さっさと帰るぞ」

「おう、帰って酒でも飲むか!」


 痛みで地面にうずくまっている間に、馬車は颯爽とその場から去っていった。それを追いかけようとしたけど、痛みで体に力が入らない。


「うぅ……ここ……どこ……? 多分国の外なんだろうけど……」


 辺りの気温はわたしの想像以上に低いのか、まるで針を刺されているような痛みを感じる。


 けどその一方で、寒さのおかげですぐに感覚が麻痺したのか、さっきまで殴られた痛みが、だいぶ緩和された。


「くしゅん! うぅ……寒いよぅ……痛いよぅ……お腹すいたよぅ……っ!? あ、ああ、ああああああああ!!! 痛い痛い痛いいいいいいいい!!!!」


 先程の魔法のせいで、わたしの頭が割れるように痛い。ある程度時間が経てば治まるみたいだけど……。


「はぁ、はぁ……とにかく、動かないと……」


 わたしは何とか立ち上がると、暖と食料を求めて、あても無く彷徨い歩き始めた。


 頬をそっと撫でる程度の風が吹くだけで、辺りの木がワサワサと音をたてて不気味だけど、そんなのが気にならないくらい、わたしは極限状態にまで追い詰められていた。


「わたし……疲れた……もうやだ……」


 馬車から追い出されてからあまり時間が経たないうちに、わたしはその場に座り込んでしまった。


 闇魔法の激痛は感じないけど、体の痛みはまだ少し残っている。けど、それ以上に、わたしの心の方がボロボロだった。


「うっ……うぅ……誰も……味方はいない……もう……生きてたくないよぉ……」


 もう何度流したかわからない涙を、わたしは膝を抱えながら流す。


 すると――


『お嬢ちゃん、こっちにおいで』

「え……誰……?」

『アタシ達と一緒に遊ぼう!』

『俺もみんなも、君と一緒になりたいんだ。さあ、おいで』


 辺りを見渡しても、わたし以外の生命の気配は無い。でも、声は確かに聞こえた。それも、一人や二人じゃない……もっと多くの声が。


「わたしと……お友達になってくれる……?」

『ああ、もちろんさ。俺達はみんな君の友達さ。さあ、こっちにおいで』

『えへへ、これからたくさんあそぼうね、お姉ちゃん!』


 声の正体はわからない。普通に聞いたら、怪しいものに聞こえるかもしれない。


 でも、今の追い詰められた状態だと、その声が救いの声にしか聞こえなかった。


「はぁ……はぁ……」


 おぼつかない足で、声のした方を進むと、そこは巨大な滝だった。凄い音をたてて流れ落ちる滝は、全てを粉砕してしまいそうな猛々しさがある。


「声はこっちかな……」

『こっちこっち』

『一緒に遊ぼうよ』

「一緒に?」

『うん、遊ボウヨ』


 いつの間にか、わたしは……あと数歩で滝壺に落ちる所にまで行ったけど、誰かに背中を引っ張ってもらえたおかげで助かった。ううん、助かってしまった。


「え、誰……?」


 か細い声を出しながら後ろを振り向くと、そこには一人の男性が立っていた。


 男性は、漆黒に輝くサラサラの髪に、緑の宝石――エメラルドような、キラキラ輝く目の色をしていて、本当に綺麗。


 ど、どうしよう……この人誰? 誰か助け……あ、わたしもう孤独だった。


「どうしたんだい、何か悲しい事でもあったのかな?」

「え、どうしてですか?」

「ここはね……ずっとずっと昔からある、自殺の名所なんだ」

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