極東の魔王 その4

 この国は奴隷がいてそれを従わせる者がいる。支配し支配される。言い換えれば弱者と強者。弱者は強者に死ぬまで虐げられ、ヨハンネたちのような強者は虐げ続ける。


 虐げていい人間と虐げられる人間、それは誰が決めるのだろうか?


「僕よりも小さな子供が奴隷の扱い受けている。それは正しいのか?」


 わからない。ヨハンネは頭を抱えた。


 ふとある事を思い出し本棚を探し始める。


(確か、曾祖父の残した書物があるはず……)


 ヨハンネは曾祖父が冒険家であり学者だったことを思い出す。


 書斎の本棚を遠い記憶を頼りに曽祖父が残した書物を探し続けた。


 そして、本棚の奥深くにしまい込まれた埃をかぶった一つの書物に手が止まる。


 題名には“王の都”と書かれていた。


 それを迷うことなく開きとりつかれたかのようにページをめくり黙読する。


 読み進んでいくと彼の目がある部分で止まった。


―――――――“遥か古の時代、王の都であるシェール国は自由の国として富を生み、栄えていた。そして国の定めとして国民の生きる権利と平等が保証され、奴隷などの野蛮な制度を廃止した。また、農奴を無し、新に農夫とした。農作物の生産は自由な形をとっており、納税額も最低限に抑えられていた。よってこの国の王ガランハルは国民に愛され、尊敬されていた”―――――――


 ヨハンネの心が揺らいだ。自分の国はやっぱり、むちゃくちゃだと気がついたのだ。


 この国の制度は世界から見たら3世紀も前のもので、世界の流れと共に他国の制度は変わっているのに、プルクテスだけ発展が止まっている。


 プルクテスでは身分が低いほど、重い納税を払わされ、農奴は一年に納める作物量を決められている。奴隷は平等など存在しない。人間以下の扱いを受けている。犬や猫と同じだ。


「ぼ、僕は今まで教え込まれた学問、歴史はすべて間違っていたんだ」


 ヨハンネの曾祖父がこの事実を追究した結果……何者かにより暗殺されている。それが王政側の刺客であるとは言い切れないが、可能性は高い。


「そうやって、王家はこの国に君臨し続けていたのかッ!」


 自分を危うくする者は消し去る。ヨハンネは唇を噛み締めた。例え、この国が間違っているとしても彼には何も出来ない。国を変える事など出来ない。奴隷制を廃止など国にとっては利益にならないし今更変えられない。無理に変えようものなら変化を求める者を許さない王政が政治犯として逮捕しに来るだろう。それとも暗殺者を差し向けてくるかもしれない。


 ヨハンネはそう考えると暗殺者と対峙したとき、生き残れる術がない。王政に真正面から立ち向かっては確実に消される。


(――――――ならば、せめて目に留まる人だけでも助ける事は出来ないだろうか?)


 ヨハンネは椅子に座り込み窓から市街地を眺めた。近くにサルサット闘技場がある。剣闘士である黒髪の少女の顔が浮かんだ。


(――――――そう言えば、黒髪の少女があの闘技場で闘っていた。もしも、彼女だけでも……)


 ヨハンネは黒髪の少女に妙に肩入れしているようだ。それは自分でも不思議に思えたのだ。



★★★★




―――――――――その頃、その黒髪の少女は闘技場の食堂にて。


「黒髪? おめぇ名はないのか」


 不意に隣で食事をしていた大柄の剣奴隷が黒髪に話しかけた。見た目は怖そうで顎鬚を蓄えているようだ。筋肉も凄く盛り上がっていて、まさに屈強な戦士と言える。大柄の男の問いかけに反応した黒髪の少女は首を傾げた。


「名前? 私にですか」


 大男が頷く。


「……ないです」

「そうか。俺の名はゲルマンって言うんだ。よろしくな」


 手を差し出し握手を求めた。それに応えるように彼女も恐る恐る手を差し出した。それに大男が微笑む。


「それより、おめぇ筋肉も無いのにどこからあんな馬鹿力がでるだぁ? この前の闘技観させてもらったんだ」


 黒髪の少女はそれに会釈する。大男は彼女の手の平をジッと不思議そうに見つめながら話を続ける。


「あんとき、手四つで剛力の相手をねじ伏せるたろ?」


 それに少女は思い出すような顔で頷く。


 ところでゲルマンは戦争捕虜としてここに連れてこられた。彼は元々少数部族の長(おさ)だったようだ。その為、たくさんの戦士をその眼球で焼き付けており、戦地へ送っていった。戦士は鍛錬をする内に豆が出来たり、手の皮膚が厚くなる事がある。


 しかし、彼女の手は嘘のように綺麗だった。


「不思議な事があるものだな……」

「はい?」

「いや。独り言だ」


 すると、ゲルマンの背後にあった鉄格子の窓からザーッという音が聞えた。大男がそれに視線を送ると、なぜか安堵したような顔で胸を撫で下ろした。


「……今日は雨だな」

「えぇ。そのようですね」


 ゲルマンの強面な顔が緩む。


「雨の日は良い。誰も死なずに済むからな。いっそうのこと永遠に雨が降ればよいのに」


 柄には似合わない弱気な台詞だった。そして寂しい顔をした。彼女は、首を左右に振る。


「それは無理です」

「確かにそうだな」


 苦笑いしたあと大男がため息をつく。少し、間をあけて、ゲルマンがささやいた。


「――――――戦士、守るべき者を見つけよ、真の力を引き出せ。痛み、恐怖を掻き消せ。汝、真の力を発揮せよ」

「守るべき者? 真の力……?」


 少女はなんて応えればいいのかわからなかった。


「ハハ。すまぬ。俺は昔、通過儀礼を行なう見届け役のような者だったのだ。ついお前のような若い戦士を見ると、この言葉が勝手に出てきてしまう。気にするな」


 鉄格子の小窓を一瞥したあと少女がボソッと言った。


「……雨、止まないで欲しいですね」

「あぁ、そうだな」

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