残酷な世界に少女は生きる その2

 ――――――それから数年の後。黒髪少女は今日の闘技を終えすぐに自分の牢に入った。しかも真面目なのか、置かれている立場がわからないのか、牢の中から自分で南京錠を閉める。その姿を奴隷監視委員が不気味そうに見ていた。


「……あいつ、あんなに強いのにバカ過ぎるだろ」

「俺達にとってはありがたいんだが……なんか薄気味悪いな」


 その二人は彼女の牢に近づき覗き込んだ。黒髪の少女は硬い石のベッドに正座していた。ここまで、言う事を聞く者は逆に恐ろしい。何を考えているのか全くわからないからだ。彼女はただ、そこから見える窓の景色をじっと見上げていた。そんなとき、蒼い鳥がそのお粗末な窓に止まった。首をくねくねとさせて、彼女に向かって話しかける様に、その美しい鳴き声を聴かせた。


(――――――いつも聞く鳥の声ではなく、とても独特……)


 そんな光景を眺めていた黒髪の少女はある事を思い出す。


 それはある日の街中のこと。剣闘士は自分で武器を調達することが許されているので壊れてしまった武器を買いに行ったときだった。当然、奴隷監視員に鎖で繋がれながらだが。


 路地の片隅で老人が演説をしていた。


「我らには、運命がある。これは神が定めたもの。しかし、人は己の意思で変える事が出来るのじゃ。神もそれを見ておられる。その者の運命が変わる時、神の使いである蒼い鳥が報せに来るだろう――――」


 老人が鎖で両手足を繋がれた少女を見送りながら、それまで、待たられよ。哀れな少女よ、と小さく、ささくように言った。


 黒髪の少女はその老人が自分へ向けて話していることに気がついた。老人に視線を送ると老人の背後に教会があった。そして服装から見て老人は司祭だったのだろう。彼女が通り過ぎるとき、小さな声で告げた。


「―――――神のご加護を」


 そんな、出来事を思い出した。


(――――――蒼い鳥……もしかして、あの時、司祭様が言っていたその蒼い鳥の事、なのかな?でも運命ってなんだろう……)




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 闘技で消耗した商品は常に市場で補充される。その消耗品が付けられている鎖が地面に擦れ、音が鳴って続けている。ここの空気は汚く、不快な臭いがする。レンガ造りの家々が並ぶ所から長い路地に入ると、レンガ造りの家はなくなり、代わりに木材や布で簡易に造られた家がある。それらは、隙間が空き、雨漏りが激しい。太陽があればまだ普通に思える。 ある意味で賑やかだ。何故なら、競りをする声が止まない。常に人集りが出来ているからだ。


 だが、それとは正反対に夜にはなると、まるで地獄に続く道に見えてしまう。売れ残りの商品や明日売られる商品が入り混じり、鉄格子の牢屋に押し詰められ、明日の運命をただひたすらに、祈り続ける。売れるか、闘技で使う魔獣の餌になるかだ。


 どうやら今日も獣の餌になる者が選別された様だ。黒髪の少女の牢から一棟壁を挟んだ先に獣の牢がある。そして、聞こえてくる。悲鳴と泣き叫ぶ声が……


(―――――――私には何も出来ない。ただ、平然として、終わるのを待つだけだ)


「ぎゃっ――――――」


 悲痛な叫び声が地下牢へ響き渡る。分厚い石壁の中でもはっきり聞こえた。衛兵がそれに反応する。


「お! 始まった、始まった」

「今日は誰が餌になったか知ってるのか?」

「あぁ王に歯向かった若い男と腕を怪我して使えなくなった女剣闘士らしい」

「可哀想にな。ま、同情はしないがな。恨むなら生まれを呪えってなアハハハ」


 絶叫しているがなんとも思わない衛兵らは笑い混じりで会話をしていた。衛兵らを黒髪少女がジッと見つめていた。彼女の視線に気がついた。ぞっとして身体をビクつかせた若い男の衛兵が妙な真似はするなよ、と指差す。それに彼女は小さく、はい。わかっています、と答えた。

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