同族を殺せ

 剣闘士はとても辛い役目を背負う。それは誰も味合うことがない体験だろう。


 闘技の演目は残虐の限りを尽くされる。殺して、さらに殺し、挙句の果てに殺される。その身が朽ち果てるまで闘い続けるのである。


 黒髪少女も生き残るために多くの人間を殺してきた。彼女だって、死にたくはなかった。殺さなければ殺される。仕方がなことだった。


 殺す相手が必ずしも闘い慣れした戦士に限らなかった。


 奴隷、娼婦、商人、罪人、同じ歳頃の女、子供。あらゆる人間が暇つぶしと金によって、消えていく。


 今でも彼女は殺してきた相手の声が鮮明に聴こえていた。


 悲鳴と慈悲を乞う声。それが耳元から離れない。最初の頃はそれが耐えられなかった。同じ仲間が耐え切れず自ら首を吊ったこともあった。壁に頭を何度もぶつけ、精神崩壊した者もいた。


 そして、今日も同じ歳が近い奴隷と闘技することになった。相変わらずの歓声だ。鉄門が開けられ、光沢を帯びる黒髪少女がそこをくぐる。


 冷酷な目で既に闘技場に入っていた身体を震わせている少女を睨みつけながら、ゆっくりと近づく。目の前にいる短髪の少女は一目見て直ぐに剣も持った事もないやつだとわかった。それを今から殺す。それに躊躇いはなかった。躊躇うと自分が殺されるかもしれないから。


「……剣を抜け」

「いやだ……抜かない。お願い。こないで……」

「諦めろ。ここに来てしまったらからにはもう逃げられない。闘って死ぬか、私を殺して生きるか、だ」


 黒髪少女は剣をゆっくりと鞘から引き抜く。それに相手は過剰に反応した。


「い、いやだ……闘いたくない……死にたくない……」


 短髪少女の戦意のない態度に思わず、呆れてしまった。事情がどうあれ、ここに来てしまってはどうしようもないのだ。


 黒髪少女は闘技の雰囲気と殺し合いにもはや慣れていた。


 逃げることはできない。それはもうわかっていること。なら、せめて痛みのない死を与えてあげることはできる、とそう思った。


 急所を一突きすれば、それで終わる。黒髪少女は剣を構え、狙いを定めた。短髪の少女は自分の身を守ろうと震える手で剣を構える。今にも腰が抜けそうで、小鹿のように身体を震わせている。


 狙いが定まった黒髪の少女は一気に距離を詰めた。


 短髪少女ははっと思ったときには、相手の黒髪の少女の顔が真下にあった。心臓を狙い、刺突しようとしたが、意外にも短髪の少女の反応は早く、身体を後ろへ仰け反て、その一撃を避けた。


 一撃で決めるつもりだった黒髪少女はすこし驚く。


(――――――あの距離で外した……?)


 一撃必殺と言ってもいい。確実に取ったつもりだった。


 闘技を観に来た観客らはそんなことは知らず、短髪少女が避けたことで歓声をあげた。


「いいぞ!!! もっとやれ!!!」

「簡単に死なすな!!」


 黒髪の少女は一旦、距離を取り、冷静になって、相手をもう一度見定めることにした。睨みつけるように見つめる。相手の体格、身長、目の色、髪色、肌の色、それらを全て確認する。


「体格は普通……身長は低め、目の色、茶色、髪色、黒、肌の色は少し褐色……そしてこの臭い……」

「え……なに……? なに言ってるの……?」

「あぁ。同族か……」


 黒髪の少女は闘っている相手が同じ血が流れるジパルグ人だとわかった。ついにこの日が来たのか、とそう思った。彼女は今まで同族と相手したことも殺したことがない。揺るぎない殺意が揺らいだ。


 初めて戸惑った。そんな中、恐慌状態に陥った短髪少女が突然、泣き始めた。


 大号泣に観客らもドン引きしてしまうほどで、黒髪少女もすこし拍子抜けしてしまっていた。そんな時、不意に泣き叫びながら走ってくる。


 いきなりの攻撃に身体がついてこなかった。目の前に銀線が光る。


「つぅ?!」


 首元に一線が走り、危うく動脈を斬られそうになった。


 自分の首を慌てて抑える。


 脈打つ首にまだ胴体とつながっていることを確かめたあと視線を戻す。


 耳を劈くほどの悲鳴をあげながら必死になって剣を振り回す。


(————相手の攻撃が読めない。)


 明らかに素人だ。剣を持ったこともないのだろう。剣の重さに身体ごと持っていかれそうになっているが、それでもがむしゃらに攻撃してくる。


 それが逆に黒髪の少女にとって次の行動が先読みできなかった。隙が出来たと思い、攻撃したが虚空を斬るだけだった。


(――――――有り得ない……剣が当たらない。)


 自分の攻撃が見切られているのでは到底考えられない。相手はどう考えてもド素人だ。それなのになぜ? 戸惑った。こんなことは初めてだった。


「うわあああああああああ―――――ッ!!!!」


 大降りで剣を振り下ろしてくる。いつもなら、腹当たりに剣を刺し入れるか、斬り裂いているのだが動作が遅れる。ギリギリで、短髪少女の手首を掴んで防いだ。


「死にたくない! 私は死にたくない!!!! お母さんとお父さんに会うんだ!!! 絶対にッ!!! 殺してやるぅうううううう――――ッ!!!」


 か弱い少女の目は血走り、膂力で勝っていると思っていたが、互角と思えるほどつかんだ手首を引き離そうとする。


 これが、噂の狂戦士というやつか、と心の中でつぶやく。


「死ぬわけにはいかない……こんなところで……」


 掴んだまま、相手を引き寄せて動きを封じようとしたが、短髪少女が予想外な行動を取る。なんと、黒髪少女の手首に噛み付いてきたのである。腕の肉に白い歯がめり込んでいき、血があふれ出した。


「くッ!」


 驚愕した黒髪少女は髪毛を掴みあげ、腹に蹴りを入れ、動きを鈍らせると短髪少女を背負い、投げ飛ばした。


 背中から叩きつけたのにもかかわらず、短髪少女はすぐに立ち上がってきた。ジパルグ人の本能が短髪少女を覚醒させている。


 ジパルグ人は戦闘民族。聴覚、視覚、感覚、嗅覚、全てが優れている。


 だから、本能で相手の攻撃を避け、本能で相手に攻撃するのだ。そういう定めなのだ。


 いつまでも怯んでいるわけにもいかない黒髪少女は気持ちを落ち着かせる。息を大きく吐いた。鍛錬で見よう見まねで覚えた使えそうな技を披露することにした。


 まず、剣を鞘に納め、姿勢を正し精神統一で目を瞑る。彼女の行動に観客からざわめきが起きた。一体、なにをしているのかと不思議に思った。

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