第58話 家に帰ってきた

 目を覚ました。見覚えのある景色が目に入った。いつも寝起きしている寝室だった。

 頬に暖かいものが触ってきた。なじみのある感触はプレシャスだった。

「ずっと付き添ってくれたのね」

「無事戻られてよかったです。気を失ったときは大変でした」


「もう大丈夫よ。迷惑をかけてごめんね。イロハお姉様にも心配された」

 プレシャスを優しく撫でた。心配なのか私の近くから離れようとしなかった。しばらくベッドの上で、プレシャスと一緒に和んでいた。


 扉の開く音が聞こえた。視線を向けるとマユメメイが立っていた。

「アイが起きているの。もう平気なの?」

「心配をかけてごめんね。ちょっと疲れて寝ていただけよ」

 マユメメイが駆け寄ってきた。近づくと私の手を握った。


 声をかけようと思った。でもマユメメイの顔を見て止めた。マユメメイの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちていた。

 言葉を交わさなくても分かった。涙が止まらないくらいに私を心配してくれた。今は無事みたいだけれど、マユメメイ自身も命に危険がある状態だった。


 私も涙を止めることができなかった。マユメメイと一緒に泣いた。プレシャスは私の横で私たちを見守ってくれた。

 涙が涸れ果ててマユメメイも落ち着いてきた。


「気を失う前にマユメメイの姿が見えた。白魔道士や神官が間に合ったみたいね。マユメメイの無事な姿が見られて安心した」

「アイの魔法で助かったの。光の壁に包まれると傷口が治って魔力も回復したの。ワタシの魔法でも治せたか不明なほどの傷だったかな。アイの魔法は凄いの」


 結晶エメラルドは威力が凄そう。慎重に使う必要があるみたい。

「白魔道士の人たちが回復を頑張ってくれたおかげよ。魔力回復は私も予想外だった効果ね。上位魔物が最後に弱まったのはマユメメイの魔法?」


「魔力が回復したから使えたの。上位魔物が消滅できてよかった。街の人たちも喜んでいた。でもアイが倒れたと知ったときは目の前が真っ暗になった。ワタシの魔法では回復できなかったの」

 悲しそうな表情をしていた。私を治せなくて悔しかったのかもしれない。そっとマユメメイを抱きしめた。


「もう大丈夫だから安心して」

「最初はアイがイロハ様だと思ったの。今のアイはアイで特別。もう悲しむのは嫌。離れたくない。本当に無事でよかったの」

 抱きしめた場所からマユメメイの温かさが伝わってきた。

「私もマユメメイは特別よ。マユメメイに出会えてよかった」


「元気が出たら神殿に顔を出してほしいの。アイのおかげで上位魔物が消滅できた。正式な場所でお礼がしたいの」

「上位魔物だけれど、マユメメイが頑張ったから消滅できたと思う。私は少し手伝っただけよ。それに目立ちたくない」


「でも国から褒美をもらえる活躍なの。ワタシ自身もアイに恩返しがしたい」

「気持ちは嬉しい。でも今回は私のわがままを通してほしい」

「一度タイタリッカとキキミシャに相談したいの。それでも構わない?」

「できる範囲で平気よ」


 イロハ様の世界を楽しむには、自由に動ける立場でいたかった。私が上位魔物を消滅させたとなれば、国や貴族が放っておくはずがない。七色オパールで魔物消滅ができないと話しても、聞く耳をもたないとも思った。


「アイはイロハ様を思い出すの。今もイロハ様の気配を少し感じる。アイが誰でも構わない。でも本当にアイはイロハ様ではないの?」

 マユメメイが私の顔を覗き込む。


 今までは説明できなかったけれど、マユメメイに話せるときが来た。

「上位魔物の消滅で私の存在を表に出さない。叶えてくれれば、マユメメイに私の秘密を教える。私からイロハ様を感じる理由も分かるはず」

「アイ様、平気なのですか」

 心配そうにプレシャスが聞いてきた。


「許可はもらったから大丈夫。マユメメイはどうする?」

「タイタリッカとキキミシャはアタシが説得するの。アイの秘密を知りたい」

「少し休んでから庭で秘密を教える。それで構わない?」


「タイタリッカとキキミシャも一緒に聞いて大丈夫かな」

「私の秘密を守れるのなら平気よ」

「信頼している二人なの。約束を守るようにワタシから言っておく」

 マユメメイには別の部屋で待機してもらった。

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