第43話
ジェサミンは身なりが地味になっているだけだった。紺色のスラックスにグレーのシャツ、黒光りする頑丈そうなブーツ。これで上から紋章入りのジャケットを羽織れば、皇の狂戦士の出来上がりだ。
戦士たちは長身で筋骨隆々、男らしさと厳しさがみなぎり、滅多に視線を和らげることがない。ジェサミンはオーラさえ隠せば、簡単に彼らに混じることができるのだ。
(こんな雰囲気の人たちが、脅迫するみたいに監視してるんじゃ……エライアスもサラもたまったものじゃないだろうな)
ジェサミンはロレインと視線を合わせ、にやりと笑った。
「では、出発するとしようか」
帝都の外れにある城までは、半日はかかる道のりだ。マクリーシュからの一行には早馬で、普通なら一日半かかる旅程を一日に凝縮するよう指示してある。
彼らはロレインたちが報告書を読んだり、旅の準備を整える間もずっと移動していたから──夜も更けたころ、姿を見ることができるだろう。
親友と女官のおかげで準備がスムーズに終わったので、ロレインたちは昼前には出発することができた。
空は雲ひとつない上天気だ。
隠密行動用らしい馬車は見た目は質素だが、速さと快適さを両立した最新式。揺れが少ないので、三つ子たちの体にも優しい。好き嫌いが減って体力がついたとはいえ、負担は少ない方がいい。
見るものすべてが珍しいらしく、目を輝かせる三つ子たちと一緒になって、ロレインも窓の外の景色を楽しんだ。
何度も休憩を挟んで三つ子たちを楽しませ、夕食と変装まで済ませたロレインたちは、すっかり夜も更けたころ城の裏庭に馬車で乗り入れた。
灯りに照らし出されるその城は、さながらひとつの芸術品だった。この広さからすると、マクリーシュの王宮と同じくらいの規模かもしれない。
「この城でもてなされたら、誰だって嬉しいでしょうね……」
「実際は情報収集目的だがな。本当に大切な客人に対しては、ここは使わん」
エライアスたちはまだ到着していないらしい。ロレインは三つ子と一緒にわくわくしながら城の中に入った。さすがはヴァルブランド皇家が所有する城だけあって、おとぎ話に出てくるような豪華さだ。
「さあさあ、とてもいい子の若君たちはお休みしましょうね。今夜はぐっすり眠って、明日またたくさん遊びましょう」
「「「はーい」」」
ばあやの言葉に素直にうなずいて、三つ子は自分たちのための部屋へと移動していった。
「俺たちは隠し部屋へ行こう。こっちだ」
「はい」
ロレインはスカートの裾を翻し、ジェサミンの後を追った。くすんだ茶色の地味な侍女服姿で、教えてもらった変装メイクも完璧だ。もしいまエライアスやサラとすれ違っても、絶対に気づかれないだろう。
使用人しか使わない狭い廊下を進む。ジェサミンが奥にある棚を弄ると、横の壁が動いた。ぽっかり開いた空間に、上へと続く階段があった。
「この階段を上ると中二階がある。連中が使う居間の上になるんだ。下からは見えない構造になっているから安心しろ」
中二階というのは、一階部分と二階部分の中間に設けられる階層のことで、一階部分と一体的なものとして扱われることが多い。
ロレインはジェサミンに続いて階段を上った。薄暗い小部屋のような場所に出る。
そこは中二階とはいえ十分な高さがあり、ガラス張りの部分から下の居間を見渡すことができた。居間は白やグレー、黒といったモノトーンの家具で統一されている。
「これは特殊なガラスでな。こちらからは透き通って見えるが、下から見たら単なる黒いガラスにしか見えない。居間中が前衛的なデザインの壁に囲まれているから、連中は意識もしないだろう」
「すごい技術ですね……」
「爺さんは発明家でもあったんだ。下から上へと、音の伝わりを強くする工夫も凝らされているから、声もしっかり聞こえるはずだ。連中が入ってくるまで、ソファに座ってくつろぐとしよう」
薄暗いとはいえ、動くのに困るほどではない。ロレインたちが腰を下ろしたとき、居間がにわかに騒がしくなった。
何人かの従僕や侍女がトランクを手に入ってくる。そして居間から続く扉の奥へと消えていった。どうやら居間を中心に、続き部屋が二つあるらしい。そこが各夫婦の寝室になるのだろう。
ついに国王が居間に入ってきた。年齢の割にすばらしくハンサムな人だが、かつてはなかった深いしわがくっきりと刻まれている。
次に、やつれた顔をした王妃。相変わらず成熟した美しい女性ではあるが、ずいぶん老け込んだように思える。
王妃に続いて入ってきたのはサラだった。完璧な美しさは保っているが、かなりストレスがたまっているみたいだ。彼女から漂うぴりぴりした雰囲気まで、ロレインの元へと伝わってくる。
最後に入ってきたエライアスは──まるで別人のようだった。ロレインは思わず息を呑んだ。
ひと目見ただけで、彼がかなり体重を減らしたことがわかる。顔色は青ざめ、目の下には深い隈が出ていた。
(とても魅力的で、おとぎ話の王子様のような容姿だったから、当然のように女性に人気のあった人なのに……)
単に疲れているだけで、こんなひどい顔にはならないだろう。まるで生きるためのエネルギーまで、すっかり失われてしまったかのようだった。
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