第41話
「正直に言って、驚きを隠しきれません」
報告書を読み終えたロレインは顔を上げた。
ジェサミンの部下たちは策略の限りを尽くし、ありとあらゆる情報を集めていた。
「伊達に戦士たちに骨を折らせたわけではないからな。お前の名誉回復のためなら、費用も手間も惜しまんさ」
「ありがとうございます。サラは……私に痛い思いを指せようと思ったのが、何倍にもなって自分自身に跳ね返ってきたようですね」
ジェサミンに向かって小さく頭を下げ、ロレインはまた報告書に目を戻した。
人生をのびのびと満喫していた、自由奔放なサラ。ロレインの代わりとなる令嬢を送り込むという賭けが何の甲斐もなく終わった後、彼女とエライアスの結婚式は簡素なものに変更されたらしい。
とはいえ三日三晩続くような最大規模の結婚式が、ごく普通の催しに変わっただけだが。
世界中に自慢できるような式にしたい──というのがサラの望みだったが、さすがの彼女も我を通すわけにはいかなかったらしい。
「貴族たちは起きてしまったことの重大さを知って、急いでスピーチの内容を変えたのですね」
「エライアスがお前との婚約を解消した、偽りの理由を盛り込んでいただろうからな」
「私に追い打ちをかけることを期待していたサラは、当てが外れてさぞがっかりしたでしょうが……結局は私より彼女の方が、より恥ずかしい思いをしたことになりましたね」
「人は強い側につくからな。誰だって、お前から目の敵にされたくないのだ」
確かにその通りなのだろう。
エライアスは『自由恋愛』に憧れる貴族に助力を仰いでいた。そしてサラは彼らの婚約者や令嬢を、侍女として大勢雇っていた。報告書には、そんな彼らがどんな立場に陥ったかも詳細に書かれていた。
「まさか私の出発後、マクリーシュで婚約破棄が多発していただなんて……」
「ああ。サラとエライアスのロマンチックなおとぎ話に憧れて、自滅の道を歩むことまで真似したらしいな」
「貴族社会の象徴であるエライアスが大恋愛をしたから、自分たちも恋愛結婚がしたいというわけですね。己の身分にふさわしい相手を捨てて、平民と駆け落ちした者まで……」
「マクリーシュの貴族政治は危機に陥った。国の将来を危険に晒したエライアスに、年配の貴族たちから非難が集まっている」
「ええ。父と同年代の貴族の中には、コンプトン公爵家に同情的だったり、態度を決めかねていた方たちがいらっしゃいましたから」
「息子や娘が婚約破棄の当事者となったことで、お前の価値を思い知ったらしいな。このまま国王とエライアスの支配が続けば、もっと大きな弊害が生じると思ったときに、お前が皇后になったという一報が飛び込んできたわけだ」
ジェサミンが顎を撫でる。エライアスがお金を湯水のように使ってサラを甘やかしてきたことも、状況をますます悪化させていた。
「国王の退位と、エライアスよりもふさわしい人物が玉座に就くことを望む者たちが増えている。貴族たち、傍系王族、そして近隣諸国の国王。マクリーシュの国王と王太子が最悪の判断を重ねてきたことを思えば、至極当然のことだな」
「はい。マクリーシュは債務国ですから。近隣諸国……債権国が、この状況を黙って見ているはずがありません」
マクリーシュは資源が乏しい国だ。昔から資金難に苦しんでいる。先々代の国王や、それ以前の国王が誠実な人柄で信用があったため、近隣諸国から資金調達が出来たのだが……。
「現国王は気が弱いところがあり、統治者にはあまり……向いていませんし。エライアスにマクリーシュの命運を託すなど論外となれば……」
「債権回収を急ごうとするのは当たり前だな。それでなくとも、何度か返済期限を延期してやっているようだし。その上、俺と対立したとなれば……どこの国も救いの手は差し伸べまい」
ロレインはうなずいた。国王夫妻とエライアスとサラ、四人が揃ってヴァルブランドへやってきた理由がわかった。
国王と王太子が同時に国を不在にするなど、通常では考えられない。しかしどうあっても、ジェサミンの許しを得なければならないのだ。
「報告書のこの部分の、ジェサミン様の巧みな手腕には頭が下がります」
「諸外国に対して、債権譲渡を持ちかけたことか」
「はい。世界中から信頼と尊敬を集めるヴァルブランドの皇帝が、債権を買い取ってくれるとなれば、堪忍袋の緒が切れかかっていた諸外国は安心しますし。まだ交渉中とはいえ、ジェサミン様の申し出を断るはずがありませんもの」
「まあ実際、圧力をかける必要もないほど交渉は順調だ。二、三日中には、譲渡を証明する書類が手に入るだろう」
そうなればマクリーシュは事実上、ヴァルブランドの支配下に入る。ジェサミンが言葉を続けた。
「このままだと内戦が起きかねないからな。俺が財政面での実権を握れば、ひとまず混乱は収まる」
「ジェサミン様……」
ロレインは胸の前で両手を握り合わせた。ジェサミンはマクリーシュという国そのものを守るために動いてくれたのだ。
エライアスとサラ、そして国王夫妻はもう彼に抵抗できず、その影響から決して逃れられない。
「皇后の母国が、衰退の道を突き進んでも困るからな。こっちに来ている四人が自滅の道を辿るのは勝手だが、罪のない国民が怯えて暮らすのは不憫だ」
ジェサミンの言葉に、ロレインは胸が温かくなった。
「お前は孤児院や救貧院、医療弱者のための診療所と、王妃がやりたがらない慈善活動を、ずっと肩代わりしていたんだろう。並大抵ではない医療知識がつくほどに」
ロレインは目を瞬いた。そのことを打ち明けた覚えはないから、外交官からの身上書に書いてあったのだろう。
「国王夫妻も王太子夫妻も、もはや自力では這い上がれん。俺はマクリーシュを支配したいというより、お前が慈しんできた国民にとって最善だと思うことをしたいだけだ」
「ジェサミン様は本当に、世界で一番素晴らしい統治者です……」
「世界で一番素晴らしい夫という肩書も欲しいな。お前の名誉回復のために、国王夫妻と王太子夫妻には揃って頭を下げてもらう。許してやるかはねつけるかは別として、我が国まで出向いて謝罪したという事実が重要だからだ。その上でマクリーシュの平和のために、しかるべき処置を取る」
「はい……」
国王と王太子、そしてその妻たち……どう転んでも、彼らは厳しい道を歩むことになりそうだ。
エライアスとサラの贅の限りを尽くした生活を破綻させたのは、ロレインではなく彼ら自身。人生の転落は、二人が出逢った瞬間から始まっていたのだろう。
「さてロレイン、皇帝と皇后の仕事はこれくらいにしよう。今日は休養日だ。ついでに明日も休みにして、出かけようではないか」
「外出ですか? 一体どちらに……」
ロレインが首をかしげると、ジェサミンはにやりと笑った。
「もちろん、エライアスとサラのありのままの姿を見に行くのだ」
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いつも拙作をお読み頂きありがとうございます。
あと2万字ちょっとで区切りがつくかなあ、というところです。
更新のたびに読みに来てくださる皆様、感想をくださる皆様のおかげで続けてこられました、本当にありがとうございます。
本業が多忙なのと、GWの疲れがドッと来ており、今後更新が1日開くことがありましたら、ああ忙しいんだな~と思って頂けましたら嬉しいです。
最後まで頑張りますので、これからもどうかよろしくお願い申し上げます。
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