第19話

 ロレインは女官たちに事情を告げた。


「まあ、それは急ぎませんと。ロレイン様が貴重な宝物として扱われていることを、マクリーシュの連中に見せつけてやらなくては!」


 ベラが鼻息を荒くする。マイとリンも気合いの入った表情になった。こうと決めたらあとには引かない、頼もしい女官たちだ。


「そうね。でもちょっと待って、衛兵に伝えておきたいことがあるの」


 ロレインは流麗な動きで踵を返した。そして衛兵に、いくつかの要望を伝えた。彼が深々とお辞儀をしたところで、また女官たちのところへ戻る。


「どうかなさったのですか?」


 不思議そうにしているベラに、ロレインは微笑んで見せた。


「大したことではないの。これから先、何よりも必要になりそうな物の手配をお願いしただけ。待たせてごめんなさいね」


 自室に戻って扉を閉めたとたん、女官たちは猛然と働き始めた。


「マイは新しいガウンを持ってきて。リンはティアラを出してきてね。揃いのネックレスとイヤリング、ブレスレットも持ってくるのよ」


 ロレインの顔におしろいをはたきながら、ベラが次々と指示を出す。マイとリンは踊り子のように軽やかに動き回った。

 この二週間というもの、毎晩彼女たちにお風呂で甘やかされ、丁寧にマッサージをしてもらっている。おかげでロレインの肌も髪も、マクリーシュにいた頃よりも美しく艶やかだ。


(鏡を見るたびに、驚きの声を上げそうになってしまうのよね……)


 ロレインは自分の外見について、人に特別な印象を与えるようなものではないと思っていた。

 プラチナブロンドも透明感のある肌も、マクリーシュ人特有のもの。自分にとっては個性的な色合いではない。


(エライアスからは目立たないとか地味だとか、そんな悪口を散々言われたなあ……)


 サラと違って、ロレインの表情が乏しかったせいもあるだろう。けれどいまのロレインは、眠っていた何かが一気に目覚めたかのようで──マクリーシュ時代とはまったく違う雰囲気を醸し出している。


「お美しいですわ、ロレイン様。マクリーシュの者たちも、目を見張らずにはいられないでしょう」


 女官たちの手を借りて、あらゆる女たちの夢の結晶のようなガウンを羽織る。

 ティアラの中央では極めて希少なレッドダイヤモンドが輝いている。

 揃いのネックレスとイヤリング、ブレスレット、そしてサイズを直してからはずっと嵌めている指輪もレッドダイヤモンドだ。

 ガウンと宝石、そしてベラが直してくれた化粧のおかげで、より美しく、より堂々として見える。ロレインはやはり新鮮な驚きを感じた。昔の自分と同一人物とは思えない。


「ありがとうベラ。マイとリンも、本当にありがとう。これから先は、自信がなによりも必要なの。あなたたちのおかげで、私は自分に自信が持てるようになったのよ」


「勿体ないお言葉です」


 女官たちはすかさず謙遜したが、その顔は嬉しそうに輝いていた。

 時間が迫っていたので、ロレインは急いで謁見室に戻った。急ぎ足でも、幼い頃から教え込まれた優雅な姿勢は崩さない。


「ほう、いい出来だ。お前の全身から放たれる高貴な輝きと存在感に、マクリーシュの連中も言葉を失うだろう」


 玉座に戻ったロレインを見ながら、ジェサミンが満足げにつぶやく。


「よし。まずは代表者とやらを連れてこい!」


 ジェサミンが命じると、ほどなくして謁見室の扉が開かれた。小柄で太った老人と、背が高くて痩せている中年男性が入ってくる。

 どちらも不安そうな顔だ。ひどく取り乱しているのを、必死で隠そうとしているのが窺える。彼らが誰だったか、ロレインはすぐに思い出した。


(宰相を務めるレイバーン公爵と、エライアスの最側近ファーレン公爵……。なるほど、国王と王太子それぞれが、自分の息のかかった人間を送り込んできたのね)


 どちらの公爵も一族の中に妙齢の娘がいない。ロレインが婚約者に選ばれたことがかなり悔しかったらしく、コンプトン公爵家の足を引っ張ることに熱心だった。

 レイバーン公爵とファーレン公爵は、ぎくしゃくとお辞儀をした。


「は、拝謁をお許しいただき、ありがたく存じます……っ!」


「ままま、誠に遺憾ながら、我らが国王と王太子は、結婚式という重要な行事を控えております。代わりに私どもが、陛下に拝謁する大役を仰せつかり……」


「そう固くならんでいい。顔をあげろ」


 ジェサミンがにやりとした。


「もちろん歓迎するぞ。お前たちはなんといっても、俺の皇后の故郷の人間だからな!」


 顔をあげた二人が、同時に「ひ」と息を呑む。彼らは喉元をぴくぴくさせながらジェサミンを見ている。


「浮かない顔をしているな。なぜ喜ばんのだ。お前たちの国の娘が皇后になったのだぞ?」


 ジェサミンの威圧感は剃刀の刃のように鋭かった。ロレインも体がぞくぞくするほどだ。

 目を逸らそうにも、ジェサミンには磁石のように人を引き付ける力がある。荒々しい自然界の猛威を前にしたときのように、ただ翻弄されることしかできない。

 二人の公爵は圧倒されて言葉を失い、何度も震える息を吸い込んだ。


 マクリーシュの人間にとって、国王と王太子は神のような存在だ。しかしいま彼らの目の前にいるジェサミンは、いわば神の中の神。ロレインも初対面のとき、立場の違いを思い知らされたものだ。

 レイバーン公爵もファーレン公爵も、己がしょせん小国の貴族でしかないことを思い知ったような顔をしている。

 彼らはありがちの社交辞令や、用意してきたはずの謝罪や弁明すら忘れて立ち尽くしていた。

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