第11話
ジェサミンは激怒していた。かっと見開いた目に、内心の激情が現れている。彼のオーラはあまりにも強烈だった。
(烈火のごとく怒っていらっしゃる……っ! 気持ちが高ぶると、本当にオーラが鮮烈になるのね)
ジェサミンの目がぎらりと光った。オーラが真っすぐロレインに向かってくる。目をそらさずに、正面から受け止めた。
(なんて熱いんだろう。それにすごく綺麗。金色と琥珀色が混じって……)
ロレインの体の奥にある何かが揺さぶられた。
普通の女性なら怯えるのだろうが、ロレインは怖くなかった。むしろちょっと嬉しかった。
この途方もないオーラは、ロレインのために生まれてきたもの。ロレインの悲惨な境遇に、彼の心が反応したから生じたのだ。
そう思うと、肉食獣のような彼の風貌も可愛く見えてくる。
「私のために怒ってくださって、ありがとうございます」
ロレインは空になったグラスを放り出し、深い感謝を込めてジェサミンの体を抱きしめた。お礼の心を届ける方法が他に思いつかなかったのだ。もちろん酔っているからできたことで──多分、羞恥心は後から来るのだろう。
圧倒されるほど広くてたくましい胸だった。頬にジェサミンの筋肉の硬さと、その奥にある鼓動が伝わってくる。
「ぐ……っ」
ジェサミンが身をこわばらせ、息を震わせて何度も深呼吸をした。オーラの波が小さくなっていく。
それに伴い、さっきまで欠片もなかった羞恥心がロレインの全身を駆け巡った。顔がかっと熱くなる。
「す、すみません。私ったら酔っぱらって……」
ロレインが我に返ってぱっと体を離すと、ジェサミンはにやりと笑った。
「気にするな。むしろ気分がいい!」
野性的で危険な雰囲気の笑みを浮かべながら、ジェサミンが自分の顎を撫でる。
「すまんな。普段は周囲を圧倒することがないよう、オーラを制御することができるんだが。お前のこととなると自制が利かない」
ロレインはさらに顔が熱くなるのを感じた。きっと耳たぶまで赤くなっていることだろう。
「えっと……私以外なら自由自在に制御できる……? つまりわざとオーラを出して、令嬢たちを追い返していらっしゃったということですか?」
「妻になるかもしれない娘の前で、制御に力を使うのは無駄だろうが。閨で自制が利くと思うのか? 夫婦の寝室は、素に戻れる空間でなければ困る」
まったく包み隠さないジェサミンの言葉を聞いて、ロレインの体に焼き焦がされるような衝撃が走った。羞恥のあまり手で頬を押さえる。
「しかしまあ何だな、マクリーシュの王太子がまともな判断力を持つ男でなくて助かったな。お前を手に入れられるなんて、何という幸運だろう!」
ジェサミンが片方の口角を上げた。まさしくほくそ笑むという感じだった。
「お前は誠実で優しい。ヴァルブランドの皇后は、ただの飾り物ではだめなのだ。穏やかで冷静で思慮深く、国民のために動ける人間でなければ」
「ジェサミン様……買いかぶりすぎです。確かに同年代の他の令嬢たちよりは、厳しい教育を受けたかもしれませんが。今後、あるがままの私のことを知ったら……」
エライアスを完全に退屈させてしまった記憶が蘇ってきて、息が詰まった。
(君と違って、サラは僕を楽しませてくれるんだ。ほら、彼女の豊かな表情をごらんよ。たまらなく魅力的だろ?)
胸を切り刻むエライアスの言葉を思い出したとき、ジェサミンが頭を後ろに傾けて大きく笑った。
「あるがままのロレインだと? そんなものはもうわかっている!」
そう言ってジェサミンは自分の髪に手をやった。太くて長い指が、後ろに流された前髪を梳く。次の瞬間、長くて分厚い前髪が彼の顔を覆い隠した。
「あ!」
ロレインは思わず叫んでいた。祭りで大男にぶつかったときの記憶が鮮やかに蘇った。
(妥協を許さない強さを感じさせる口元はまったく同じなのに、気が付かなかった……)
あのときのジェサミンは薄汚れた白いシャツと黒いスラックス、傷だらけのブーツといういでたちだった。いまの絢爛豪華な伝統衣装とはかけ離れている。
「祭りの日のお前の行動は、心を洗われるようだったぞ。知性も品格も、俺の正妃として申し分ない。お前が子どもに見せた思いやり、あれこそ俺が求めていた気質だ。俺と共にヴァルブランドを治めていく、立派な皇后になるだろう」
ジェサミンは垂れた前髪をまた後ろに流し、ふっと微笑んだ。
祭りの日から運命の歯車が力強く回っていたのかと思うと、ロレインは不思議な気分になった。
奇跡のような結びつきにじわじわと喜びが広がる。そして同時に、恐ろしくなった。
「ジェサミン様。私を本当に皇后にしようと考えてくださるのは嬉しいのですが……私の人生は、まだマクリーシュの手に握られているのです」
ロレインは震える声を吐き出した。
「まだ国王様に結婚許可を得ていませんし……申請したところで、却下されているのは目に見えています。自国から皇后が誕生するとなれば、たいがいの国にとっては朗報ですが。サラが泣いたり拗ねたり、さんざん反対して大騒動になるでしょう」
「聡明なお前でも、我がヴァルブランド帝国に関しては知らんことが多いらしい」
ジェサミンが、なぜかひょいと肩をすくめた。
「いいかロレイン。後宮入りした女を受け入れるも追い返すも俺の自由。これはと思う女がいたら、俺が『妻だ』と公言するだけでよい。それだけで結婚が成立する。煩雑な手続きなど一切必要ない」
ジェサミンはにやりとした。
「誰が何と言おうと、お前はもう完全に俺の妻なのだ。ヴァルブランドとマクリーシュでは国の格が違う。この国はこの国の法にしか従わない」
「え……」
ロレインの全身に驚きが走った。
「マクリーシュがあれこれ文句をつけたければ、つけさせればいい。俺は善人ではないからな、せいぜいけしかけてやろう。我が国と不必要に対立するようなら、面目を失うのは奴等の方なのだ」
そう言って笑うジェサミンの目には、無慈悲なほどの冷たさが見て取れた。自信に満ちた、生まれながらの支配者の威厳がひしひしと伝わってくる。
「己の所業には我関せずという顔でお前に責任を転嫁する王太子など、マクリーシュの民にとっても害でしかない。多少は懲らしめて、無責任な振る舞いの責任を取らせる必要がある。お前にとってもいい気晴らしになるだろうし、一石二鳥だ」
「は、はい……」
ロレインは呆然とつぶやいた。ジェサミンがこうと決めたら後には引かない性格であることは、もうわかっていた。
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