第9話:適材適所が尊重される社会へ ②

日本というのは労働対価が実労働に比例していないというのがある。そして、組織の方の力が強いため、安くて良い物を出さないと次の仕事がなくなってしまう。


 この現状を少しでも変えないと会社は生き延びてもフリーランスは潰れてしまう。これは、会社員でもそうだが、安い給料でたくさんの利益を生み出すというのははっきり言ってもう古いのではないだろうか?


 確かに、安いものは安いなりに高い物は高いなりの理由はある。しかし、それらを生み出すためには多くの人が一致団結して多くの時間を費やして作っているにもかかわらずなぜか自分たちの利益を優先してしまう。


 もちろん、会社というのは利益が上がらないと経営は成り立たない。しかし、利益に対して労働対価が見合わないとほとんどの人は“自分の実績を評価してもらえていないのではないか?”と不安になってしまう。そして、それらの不安が積み重なった結果、自分をきちんと評価してくれる企業が現れたときには移ってしまうのだ。


 別のコラムでも提案したが、“従量賃金制度”を導入してはどうだろうか?これは基本給を含めて最低の支給金額が設定されていて、危険度や残業率など個人の生命や身体に著しい負担や犠牲を要する場合には危険度、残業率などに応じて加算されて、諸手当とは別の扱いになる。


 この給与形態を推奨する事はいくつかの理由がある。第一に“労働者の一定所得を保障し、不当な扱いをなくす”ということだ。これは、現在最も問題視している項目だ。これは会社によっても異なっている給与や賞与などを調査して適正な労働量に対して適正な賃金かを判断するという事だ。


現在、適正な賃金を支払っている企業は少ないように見受けられる。その上、最低賃金ギリギリで働かせていると疑われる企業が少なくとも存在しているという情報も小耳に挟んでいる。つまり、最低賃金だけで給与を決めている現状が結果的には労働者を潰す要因の一つになってしまっているという事だ。そして、会社というのは人件費を安くするために求人などでは幅を持たせた金額を書いて、その人の経歴や経験/未経験などを総合的に判断して人を見て金額を決めている。


 もちろん、未経験者と経験者では会社に対する貢献度も人材育成に掛かる時間も異なるため、賃金差がうまれることは必然的だと思うが、1番やってはいけないのが、差別行為だ。例えば、未経験者に最初から完璧を求めても出来るわけがないのだが、これくらいはこれくらいで出来るだろうという自分軸の考え方を持ってそのような人たちに接する事で、その人が出来ないと分かると「こんな事も出来ないのか!」・「これくらい出来て当たり前」という強すぎる当たりをしてしまうのだ。


 日本というのは全てが“出来る”・“理解している”などという全てが備わっている前提で動いていってしまう。すると、そのことができない、そのことを理解していないなどとなるとなんでそんな事も出来ないと思われてしまうのだ。


 私はこれらの風潮が1度社会からドロップアウトしてしまった人たちからすると、“本当に自分が必要とされているのか?”という疑問に繋がっていってしまう可能性があり、その疑念から再度社会に復帰するためにはかなりハードルが高くなり、それらのハードルを乗り越えるためにはかなり高い壁をひとつずつクリアし、自分の経験値として捉えてさまざまな事を経験する事で、時間をかけて自信を取り戻していく事が大事だろう。

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