第3章

第37話 Avant 降下開始

 いつか見た蒼穹を、もう一度見上げる。


 雲ひとつない空から眼下に広がる大地を確認して、ホワイト・リリィは降下を開始した。


 はためくドレス。肌に吹きつける突風。恐怖に目を瞑っている暇はない。リリィは素早く周囲を確認しながら、降下地点を見定める。


「あそことかいいと思います!」


 リリィはマップにチェックを付けて降下地点を提案した。地名は『ノースマウンテン』と記載されている。世界ワールド内で最も北方に位置し、標高が高いため、普段の降下ではなかなか着陸することのない場所だ。新しい経験を積むにはちょうど良いだろう。


『いいと思う』


 通信相手のジャスミンは素直に頷いてくれた。リリィは降下方向を変更し、ノースマウンテンを目指す。試合マッチ開始時の降下に限定して、スーパーヒロインには飛翔能力が与えられる。バトルロイヤル・ルールでは、この飛翔能力を利用して各チームが世界ワールドの好きな地点に着陸できるのだ。


 ノースマウンテンを目指しながらも、リリィは周囲への警戒を怠らない。敵チームが近くを飛翔している場合、同じ着陸地点を目指している可能性がある。着陸地点が被ってしまうと、着陸と同時に戦闘が始まることになる。


『メーン・キャッスル方面に五チーム。サウス・ポートに三チーム。世界ワールドの北側にはあまりチームが来ていないから、余裕を持った試合マッチができそう』

「了解です」


 ジャスミンの報告にリリィはほっと息をつく。今日まで何度もFHSをプレイして色々なセオリーを覚えてきたものの、試合マッチでの戦闘は今でも緊張する。


『散開しましょう。ゆっくりアイテムを集められるはず』

「わたしは東の広場に降りますね」


 チームのふたりが全く同じ場所に着陸してしまうと、アイテム収集の際に一箇所のアイテムをふたりで奪い合うことになってしまう。途中まではチームでいっしょに降下していても、着陸直前では離れ離れになることが大事だ。


 もう何度も繰り返すと流石に慣れてきて、リリィは難なく着陸を成功させることが出来た。さてと――リリィは石畳の広場を見渡し、アイテムが眠っていそうな周辺の民家に目星をつける。


「これが最後の試合マッチですから、気合入れないとですね」

『――そうね』


 もう夜遅いから今晩にできる最後の試合マッチ――そういう意味合いのつもりだったけど、いざ口にしてみるとそこには別の意味が含まれてしまってそうで。


 本当にこれが最後でも悔いがないように――覚悟を決めたリリィの耳許に電子ビープ音が鳴り響く。


『他のチームが降りてきたみたい』


 ジャスミンの指摘にリリィは周囲を見渡す。ジャスミンが着陸した近くに他プレイヤーが降り立つ様子が見えた。


 着陸地点が被った――それはつまりこの最序盤から戦闘が始まることを意味している。


 感傷に浸っている暇はない。リリィは素早く目の前の戦闘へと思考を切り替え、速やかにアイテムの収集を開始した。

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レティクルに咲く白百合 〜薄幸お嬢さまはFPS世界でスーパーヒロインとなる〜 榑井博愛 @claim_mnrt

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