第25話 view change 基本のキを学べ!

 どんなに下手でも、やってみなくちゃ、ずっとできない――あのときジャスミンが口にした言葉は、今も愛佳の胸に深く刻み込まれている。


 だから愛佳はホワイト・リリィとしてFHSの世界に降り立ち、この手にワンドを握る。


「FHSというゲームの根幹にあるのはワンドを用いた輝石弾の撃ち合い。だからまずは敵に輝石弾を当てる照準エイム技術について学びましょう」


 愛佳――ことリリィがジャスミンに案内されたのは、メーン・キャッスルの大広間だった。そこは昨日リリィが初めてFHSにログインしたとき、ジャスミンと出会った場所だ。


「外見は試合マッチに使われる世界ワールドと同じだけど、今回は内部的に練習用の舞台ステージになってるの。ここでなら好きなだけ的を狙って射撃訓練ができる」


 ジャスミンが指差すのは、二十メートルほど先に立つ一体の彫像。それはリリィやジャスミンといったFHSのプレイヤーたるスーパーヒロインを象っており、プレイヤーと全く同じ大きさということもあって、試し撃ちの的にぴったりだった。


「まずはあの像を狙って撃ってみて。コツは照準器サイトを覗き込んで、十字線レティクルを彫像と重ねること」


 リリィは手に持ったワンド――拾弐番型短機式輝石杖『エレメール』を構える。リリィが「照準器サイトを覗きたい」と思考しただけで、ディープスペースという仮想現実を構成するプログラムは、リリィに素早くワンド照準器サイトを覗き込ませた。その自然な動作はさながらコンピュータのマウスをクリックするような軽快さ。


「えっと、えっと……」


 しかしもちろんそこから先は手動で照準エイムを合わせなければいけない。自動照準オートエイムなんてものは存在しない。この照準エイムを合わせる技術こそ、FHSのプレイヤーの実力を分かつ最も大きな要素だ。


「落ち着いて。まずはゆっくりでいいの。その代わり正確に」


 リリィの耳許にこそばゆい囁きが響く。いつの間にかジャスミンはリリィにぴったりと身体を密着させ、照準エイムを合わせようとするリリィの身体を支えていた。


 ディープスペースで知り合った人と気軽にボディタッチしないこと――そう言ったのは、ジャスミンさんじゃないですか!


 緊張に頬がかあっと熱くなり、ワンドを握る手に汗が滲む。それでも、ここで間違えたらジャスミンさんにがっかりされちゃうから――そんな想いでリリィは二十メートル先の彫像に意識を集中する。


 照準エイムが合った――そう確信してから、リリィは引鉄トリガーを絞った。


「わわわっ!」


 輝石弾を発射した反動で、ワンドが大きく上に跳ねる。それは昨日リリィが初めてワンドを撃ったときと同じ現象だった。ワンドに合わせて照準器サイト十字線レティクルも大きくブレてしまい、連射された輝石弾は最初の数発こそ彫像に命中したものの、残りは彫像を掠めて彼方へと消えてしまう。


「今のが反動リコイル。エレメールは、謂わば短機関銃サブマシンガン。連射式のワンドはこの反動リコイルを制御できないと敵に連続して命中させることができない。反動制御リコイル・コントロールはこのFHSにおいて照準エイム技術の肝になっているの――もう一回撃ってみて」


 ジャスミンに促されるがままに、リリィは再び引鉄トリガーを絞る。輝石弾の発射と共に反動リコイルがリリィを襲い、しかし今度はリリィが構えるワンドが跳ね上がることはなかった。リリィに密着するジャスミンが、ワンド反動リコイルを制御してくれているのだ。ワンドに装填された弾薬ショットエナジーが炸裂することで発生する強烈な反動リコイルを、ジャスミンはその細腕でいとも簡単に御する。放たれた輝石弾はほぼ全弾が彫像に命中した。


「す、すごい」

「FHSで戦えるようになるには、まずは反動制御リコイル・コントロールの練習が大事。ワンドの種類だけ反動リコイルも違うから、全てのワンドを触って大まかな特徴は知っておいて」

ワンドの種類って、いくつあるんですか?」

「えっとたしか――今のところ三十種類くらいかな。バトルロイヤル・ルールの試合マッチではどんなワンドを使うことになるか分からないから、色々なワンド反動リコイルを覚えれば、それだけ試合マッチを有利に運ぶことができる」

「さ、さんじゅう……」


 このエレメールと呼ばれるワンドを御するだけでも途方も無い道のりに思えるのに、これを三十種類も――


「もちろん、今日中に全て覚えるなんてことは不可能。コツコツと練習していく中で、少しずつ覚えていくしかない。まずはこのエレメールの特徴と反動リコイルを覚えましょう。一、二丁だけでも自分の得意なワンドを見つけるだけで、試合マッチはだいぶ変わるはずだから」


 それから数分間、リリィはひたすら彫像に向かってワンドを撃ち続けた。反動リコイルの制御はまだ上手くできず、発射した輝石弾は相変わらず彫像を逸れてしまう。それでも運が良いときには一つの弾倉ワン・マガジンにつき半分くらいは当たるようになってきた。


「これくらい当たるなら、付け焼き刃ながら最低限の照準エイムかな。それじゃあ次は撃ち合いを想定してみましょう」


 先程までリリィにぴったりと寄り添っていたジャスミンが急に跳躍し、リリィから距離を取る。大広間を素早く駆けていったジャスミンは、先程までリリィが撃っていた彫像の隣で立ち止まった。


「距離は約二十。ここであなたと私が今から撃ち合いをする」

「それってわたしとジャスミンさんが戦うってことですか?!」

「そんなに心配しないで。あくまで練習だから、大したことじゃない――せーので同時に撃つよ」


 プレミアム・ランカーなんていう凄い称号を持っているジャスミンさんに勝てるわけがない――そう思いつつ、リリィはワンドを構える。


「――せーの」


 結果は明白。リリィが一生懸命に狙って撃った輝石弾は一発もジャスミンに命中せず、一方でジャスミンの放った輝石弾はあっという間にリリィのドレスが持つ耐久値をゼロにしてしまった。


「さて、どうしてあなたは私に勝てなかったでしょう」


 この練習場では受けたダメージや消費した弾薬はすぐに回復するらしい。リリィのドレスはすぐさま輝きを取り戻す。自身が再び動けるようになったことを確認した上で、リリィはジャスミンの問いに答えた。


「ジャスミンさんが、わたしより強いからですか?」

「残念、不正解。もちろん照準エイム技術による差はあるけど、今のあなたの照準エイムも決して悪くはなかった。それなのに一発も私に当たらなかったのには、ある理由がある」


 リリィはしばらく考え込んで、そしてあるひとつの可能性に思い当たる。


「もしかして――」

「そう。私はずっとこの彫像を遮蔽にしていた」


 ジャスミンの隣には先程までリリィが撃っていた彫像がある。ジャスミンはこの彫像に隠れながらリリィを撃っていたのだ。リリィの撃った輝石弾は、彫像には弾痕を残していたものの、ジャスミンには一切命中していない。


「FHSにおける基本のキは、常に遮蔽を使うこと。どんなに上手いプレイヤーも、遮蔽がない空間に放り出されたら、四方八方から蜂の巣にされてそれでおしまい。遮蔽を使って相手の様子を窺いながら射撃することが大事なの」


 続いて、リリィも遮蔽を使って撃ち合いをすることになった。なるほど、ジャスミンに勝てないのは変わらないものの、遮蔽に隠れながら撃つことで、リリィがやられるまでの時間は大幅に伸びた。少なくとも最初の撃ち合いのように、一瞬でやられてしまうということはない。


「実戦でも常に遮蔽を使って撃ち合うこと。遮蔽がない場所はそれだけでとても危険。遮蔽から遮蔽へと移動する意識を持つだけで、何もできずにやられるような展開は大きく減るはず」

「なるほど――なんだか勝てる気がしてきました!」


 ジャスミンの言葉はいつも理路整然としている。右も左もわからないゲームの世界でも、ジャスミンが冷静に何をするべきかを話してくれることで、リリィの胸には不思議と自信が満ち溢れてくるのだった。


 こんなに素敵でカッコいいジャスミンさんとなら、今度こそ勝てる――リリィがそんな確信を抱いたときだった。


「はーっはっはっはっ! 待たせたな、プレミアム・ランカー!」


 リリィとジャスミンしか居ないはずの大広間に、どこかで聞いたことのあるような誰かの声が響き渡った。

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