第8話 さあ、一歩を踏み出そう

 目の前で起きた出来事を受け止めきれず、愛佳は呆然とその場に立ち尽くすことしかできなかった。


 眼前の敵を打ち倒さんとする苛烈なる意志と意志のぶつかり合い――荘厳なお城や華やかなドレスにはおおよそ似つかわしくない闘争の光景。


 ううん、似つかわしくないなんて言い切ることはできないのかも。かわいいドレスを着たヒロインが悪と戦うっていう子供向け番組は、わたしが小さい頃から定番だし。でもこれはそういったフィクションじゃなくて――


「大丈夫?」


 青のドレスを着た少女が、愛佳へと駆け寄ってくる。


「えっと、あの、はい」


 うまく言葉が出てこないのは、先程の衝撃が抜けきっていないこともそうだけれど、何よりも間近で見た少女の姿が一段と眩しかったから。肩上で切り揃えられたさらさらの髪が、身に纏うドレスと同じく澄んだ青みを帯びている。染めている――というよりは、生まれついてからそうだったかのような色合い。長い睫毛に彩られ、宝石のような煌めきを宿したふたつの瞳といい、彼女はまるでアニメに登場するようなキラキラの美少女だった。


「ダメージがないなら、すぐにアイテムを収集して。近くには他のチームも着陸していたから、今の発砲音を聞いてすぐに駆けつけてくるはず」


 そこまで早口で話されて、愛佳はようやく我に返る。


「あのっ、わたしっ――」


 こんな綺麗で素敵な人の前で喋っていることに緊張して、うまく言葉が出てこない。


「――どうしてこんなことになっているのか分からないんです」


 少女は瞼をぱちくりとさせた。愛佳が自らの置かれている状況を分からない以上に、少女は愛佳が何を言っているのかを理解できていないようだ。このままだと埒が明かない。愛佳は言葉を続ける。


「これって夢じゃないんですか? 現実なんですか?」


 愛佳の発言に、少女は押し黙る。もしかしてわたし、また見当違いなことを言っちゃった――?


「初心者だとは思ってたけど、まさかインターフェースの誤着用だったなんて――」


 少女は頭を抱えた後、愛佳の問いに答える。


「――これは紛れもない現実。けれど同時に夢でもある。おそらくあなたはインターフェースと呼ばれる機器をそれと知らずに装着したことで、この仮想現実へとやって来てしまった。ここはディープスペースと呼ばれる、五感をネットワークをリンクさせること接続できる深層電脳空間」

「ディープスペース……仮想現実……」

「ファンタスティック・ヒロイン・シューターズ――それがディープスペースを利用したこのゲームの名前。ここはゲームの世界。スーパーヒロインに変身して、最後のひとりになるまで戦い合うバトルロイヤル。そこにあなたは参戦してしまった」


 話には聞いたことがある。現実とそう変わらない感覚を体験することのできる仮想現実。自宅でインターフェースを装着した直後、愛佳はこの世界へやって来た。黒い箱でゲームが出来る――愛佳がディープスペースについて知っていた情報はたったこれだけ。それがまさかこんな壮大な体験をすることになるだなんて――


「ログアウトの方法は簡単。装着したインターフェースを外すだけ。そうするだけであなたは現実に帰ることができる」

「わたし、帰ったほうがいいですか?」

「帰りたくて困ってたんじゃないの?」


 自身が今どのような状況に置かれているのかは知りたかった。でも帰りたいのかと言われたら――その問いを自らの胸に問いかけたとき、心の奥底に仕舞い込んでいた憧れが、小さく瞬いた。


「わたし、ここにいたいです」


 その想いを口にした途端、目に映る世界が鮮やかに輝く。


「綺麗な空を飛べて、素敵なお城を散歩できて、そしてあなたみたいな人と出会える――わたし、この世界のことをもっと知りたいんです」


 身体の弱さのせいで、今日まで色々なことを諦めてきた。外の世界を駆け回ること、学校へ行くこと、遙か彼方の空へ手を伸ばすこと。それが虚構とはいえこの世界でようやく叶えられたのだ。せっかく叶った憧れを自らの手で捨てることは、愛佳にはできない。


 愛佳は少女をまっすぐに見つめて、少女もまた愛佳を見つめ返す。


「この世界に留まるということは、つまりゲームに参加するということ。これはバトルロイヤル・ゲーム。この世界に居る限り、あなたは戦い合うことを――生き残ることを求められる」


 先程見たような壮絶な戦いをしなくてはいけない――正直、あんなことができる自信はこれっぽっちもない。手が微かに震えてしまう。それでも胸の奥から湧き上がる想いは止められなかった。


「わたし、このゲームに参加します。戦って、生き残って――そして一秒でも長く、この外の世界を歩いてみせます」

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