第11話 ひとつずつ覚えていこう

 わたしは、弱くて、臆病で、ひとりじゃ何もできなくて――それでもこの世界が眩しいと思った。少しでも長くこの世界にいたいと思った。そのためにわたしは、この手に銃を持つ。


「ぜ、ぜんぜん当たりません〜」


 泣き言を垂れている愛佳を他所に、どんどんジャスミンは先へと進んでいく。


 まずジャスミンに追いつくように移動するだけでも大変なのに、それに加えて敵を撃つというのは、愛佳にとって大変に難しいことだった。


「まっすぐに敵を見て。それから引鉄トリガーを絞るの」


 時折、遠くに綺麗なドレスを着た他プレイヤーが見える。愛佳は慌てて手に持ったワンド引鉄トリガーを絞るのだが、杖から発射された輝石弾は明後日の方向へ飛んでしまう。


 愛佳がそうやってあたふたしている間に、ジャスミンは素早い身のこなしで敵プレイヤーを捉え、そのままワンドで相手を蜂の巣にしていった。


「遠くの敵を撃つときは、ワンドに搭載されている照準器サイトを覗くの。十字の線が見えるでしょう? この線が敵と重なったときに引鉄トリガーを絞れば、命中する」

「さいと……? わわっ、これのことですか」


 たしかに照準器サイトを覗くと、他のプレイヤーが見やすくなる。十字の線を相手に合わせようとしたものの、遠くのプレイヤーはちょこまかと動いていて、まったく線が重なってくれない。一生懸命に他プレイヤーを探して――いた! 眼の前のアイテムに夢中になってその場に立ち尽くしているプレイヤー。愛佳は彼女に線を重ねて引鉄トリガーを絞る。


「ひゃあっ……!」


 引鉄トリガーを絞った瞬間、輝石弾を発射したワンドが反動で大きく上に跳ねた。それと同時に照準器サイトの線も上に跳ね、輝石弾は狙っていたプレイヤーを掠めるだけになってしまう。


反動リコイルの制御はまだ気にしなくていい。とにかく今は――危ないっ!」


 ぼうっと突っ立っていた愛佳の身体をジャスミンが引き寄せる。同時に先程まで愛佳が立っていた場所に輝石弾の雨が降り注いだ。家屋の陰に隠れて、愛佳はほっと息をつく。


「あ、ありがとうございます……」


 ジャスミンに引き寄せられて、ふたりの身体はぴったりと密着していた。ゲームに必要な行動とはいえ、彼女の綺麗な睫毛と瞳を目の前にすると、緊張で胸の鼓動が早まってしまう。


「わたし、こんな適当に弾を撃っちゃっていいんですか? 今のもわたしが撃ったせいで撃ち返されちゃいましたし」

「たしかに輝石弾を撃つということは、銃声で周囲に自分の位置を伝えてしまう点でリスクがある。たとえ当たらなくても相手に向かって撃つことで、相手の行動を牽制できるの」

「けんせい……?」

「例えば、今さっき相手に撃ち返されて、命中はしなかったものの、私とあなたはこうやって遮蔽に隠れた。もう一度顔を出したら、今度はしっかり狙われてダメージを負うかもしれない。私たちは相手がこちらを見ていることを意識しながら行動する必要に迫られてる――それは相手にも同じことが言えるの。撃たれたら、誰だって驚くし、緊張する。あなたの射撃も、あなたが知らない間に相手を緊張させているの。それだけで今までのあなたの射撃には価値がある」


 連続する難しい言葉の意味を愛佳はほとんど理解することができず、それでも自身の行動に何かしらの意味があったということは、かろうじて自覚できた。


『サード・ウェーブ突入。フィールド縮小開始』


 電子音声が響く。それはゲームに参加するプレイヤーたちにさらなる移動とそれに伴う戦闘を促すための告知だった。


「わわっ、また走らないと」

「いいえ、大丈夫。私たちはもう次のウェーブ内に入っている。先程の敵がこちらを狙っていることを踏まえると、下手に移動するよりもここでしばらく待機したほうがいい」


 ジャスミンは自らの左手首に視線を遣る。そこにはいつの間にかハート型をした水色の腕時計――まるで子供用おもちゃのような――が巻かれていた。


「ミラクル・サーチ・ウォッチ――さっきの戦闘で敵から奪ったレアアイテム。これで次回のウェーブ収束位置を先に知ることができる」


 ピピピ――と小さな電子音が鳴った後、マップ上に新しい円周が表示される。おそらくこれが次――フォース・ウェーブの収束円なのだろう。


「次のウェーブ内にも既に入っている。ここは有利位置だし、しばらく暇になっちゃったかも」


 愛佳とジャスミンは、街の近くに聳える小高い丘――そこに建てられた小さな掘っ立て小屋に立て籠もることにした。小屋の中には丸っこいデザインのテーブルや椅子などが並んでおり、木造の温かな雰囲気といい、おとぎ話の世界に在る安らぎが忠実に再現されている。丸窓から見下ろす街には、先程愛佳を狙ったプレイヤーがまだ潜伏しているのだろうか。地図上でハーメリア・タウンと表示されているその城郭に囲まれた街は、時計塔を中心にパステルカラーの家屋が色とりどりに連なっている。その光景は、荘厳な印象が強かったメーンキャッスルとその城下町よりも、より素朴な可愛らしさに満ちていた。


「あの、ジャスミンさん――このゲームはどうしてこんなおとぎ話みたいな世界で戦っているんでしょう?」


 しばらく待機しなくてはいけないのなら、こういった雑談もできるかも――なんて気持ちで愛佳は質問してみた。


「最低限のゲームシステムは説明したけど、この時間で背景世界について話しておいてもいいかもね」


 ジャスミンは視線を窓の外に向け周囲の警戒を怠らないまま、ゆっくりと語り始める。


「むかしむかしあるところに、お姫さまたちが暮らす素敵な国がありました――」

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