第4話 ディープスペースってなぁに?

「ははぁ、なるほど」


 愛佳の自室、洋風の室内に似合わない流線型の黒い箱。それを前にして莉都は要領を得たように頷いた。


「まず先に言うと、これはゲームというよりディープスペース接続用のコンピュータね」

「でぃーぷすぺーす?」

「正確には深層電脳空間ディープ・サイバー・スペースと呼ばれる電脳的な視野における人類情報の集積という概念そのものを指すの。分かりやすく説明すれば、SNSで遠く離れた誰かとコミュニケーションを取るだとか、仕事の情報を共有するだとか、ゲームもそういったディープスペースに接続して出来ることのひとつに過ぎなくて、これ自体は謂わば汎用的な電子機器というわけ」


 莉都の「分かりやすい説明」について愛佳が聞き取れたのは「電子機器」という部分だけだった。たしかに黒い箱の中には様々な電子部品が詰まっている。それらがどういう機能を果たしているのかは愛佳の理解が及ぶところではないものの、もしこれを何かに例えるとしたら――


「つまりこれはパソコンっていうことかな?」

「パソコンというのはそもそもパーソナルコンピュータの略なの。パソコンという表現も間違いではないけど、言葉としてはちょっと古いかも。今の時代はクライアントとサーバという区別が用いられることはほとんどなくて、コンピュータ同士が対等に情報を処理し合うことが一般的になってきてるの。ディープスペースは互いのコンピュータが相互に情報をやり取りする上で成り立っている情報集積の総称だから――」


 頭の中に浮かぶハテナがどんどん大きくなって、支えきれず身体がふらふらしてきた。莉都は解説を終えたところで、愛佳が話についていけていないことにようやく気づいてくれる。


「その様子だと、愛佳がこれを使いこなすのはちょっと難しいかも」

「やっぱり?」

「愛佳って機械音痴だし、そもそもこういうのって愛佳のイメージとかけ離れてるし」

「そっか……」


 がっくりと肩を落とす愛佳に、莉都は「ゲームをするのが楽しみだったの?」と問いかける。


「これ、誕生日にお父さんがプレゼントしてくれたんだ――ゲームでも何でもやってみなさいって」


 愛佳の誕生日に離れて暮らす父が贈ってくれた黒い箱。ただし一ヶ月前の誕生日に合わせたプレゼントながら、それが愛佳の元に届いたのはつい最近のことだった。


「お祖母さまが反対されて、一時は取り上げられてしまったの。こういうのは白百合家に相応しくないし、身体の弱いわたしには健康上よくないって――それを怜さんが説得してくれてようやくここに置けたんだ」


 誰もが愛佳に何かを求めてくれる。白百合家の娘であること。清純無垢でおしとやかなお嬢さまであること。しかし愛佳はその全てに応えることはできない。毎日使用人に世話されるばかりの病弱な娘にいったい何が出来るだろうか? 否が応でも気づかされる自らの無力さに、愛佳はときどき自分が嫌になってしまうことがある。


「使いこなすのは難しくても、使えないって言ったわけじゃないよ」


 だから莉都がそう言ってくれたことが、愛佳にとってどれだけ救いになっただろうか。


「本当?」

「愛佳のイメージとは違うけど、学校に行けないぶん、ディープスペースで誰かと交流するというのは理に適ってはいるから――それだけ愛佳がやってみたいなら、これからセットアップしてみますか」

「せっとあっぷ?」

「私がこの箱を愛佳も使えるようにしてあげるってこと」


 莉都の自信ありげな笑みに、愛佳の胸にじわりと熱がこみ上げる。


「りっちゃん、ありがとぉ~」


 思わず抱きついてしまって「こらこら」と莉都にたしなめられてしまう。だけどこの癖ばかりはどうしようもない。誰かに触れること、そしてその温もりを知ること。使用人の誰もが愛佳を白百合家の令嬢として丁重に扱う中で、対等な友人関係を築いている莉都だけが、愛佳にとって人間同士の温もりを分かち合える唯一の相手だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る