第2話 道場事変

「で、でけーな……」「おっきいですね……」


 俺と秋風さんは、白木邸の門の前で息を呑んでいた。


 我が尋常高校は、都内は文京区に位置していて、新宿区、池袋などに簡単にアクセスが可能である。日本の人口減と超少子高齢化のため、人口最多の東京ですら10代に該当する年齢層の比率は非常に小さく、尋常高校を含めても都内に高校は20校しかない。


 百年前と比べると、東京は特に人口の減少幅が大きいため、土地の価格や物価もその当時より格段に安くなっているらしい。つまり、人の数と場所の大きさのバランスが丁度良く保たれてるってことだ。俺と楓が1Lのアパートに、孤児院からの仕送りとバイト代、それにある人物からの援助で住むことが出来ているのもそのことが大きい。


 だがそれでも、経済、政治、文化等、全ての中心である東京は、居住地にするには高等であり、それも24区内に持ち家があるっていうのは大変なことである。シンプルかつ明瞭な言い方をすれば、金持ちってヤツ。


 白木さんの家は、なんと千代田区、それも四谷にあった。それだけでも驚きなのに、立派な道場と、おまけに庭付きの大豪邸だった。


 俺は内心、


 「なんだかんだ道場といっても小屋みたいなものなんだろうな」


 という失礼な妄想をしていたので、自分の背丈より高い上品なクリーム色の門、そしてその後ろから除く立派な家屋と道場を前に固まってしまう。秋風さんも俺と似たようなことを考えていたのか、


 「思ってたのと違う……」


 とつぶやいている。気持ちはよく分かる。白木さんの、絵に描いたようなお転婆振りとこの家をどうしても結びつけられないでいると、


 「どうぞ〜」


 とインターホンから声がし、厳つい門が自動で左右に開いていく。


 「「おぉ〜」」と、俺と秋風さんのリアクションが重なる。すごいな。遠隔で開閉ができるのか。というかここ玄関じゃないのか。


 ちなみにウチには言わずもがな門はないし、玄関は、たてつけが悪くてたまにしっかりと閉まらない。だから冬なんか帰宅するとやたら部屋が冷えていることがあるし、廊下の音もはっきりと聞こえてくる。別に、だからどうっていうわけじゃないが。


「二人共、あんまりジロジロ見ないでください…」


 家に続く庭園内の小道で、キョロキョロと視線をさまよわせる俺達に白木さんが恥ずかしそうに言う。


「しかし…これほどの豪邸はめったにお目にかかれん。和の雰囲気が主張しすぎなくて居心地も良い」


「そんなソムリエみたいなことも言うんですか?亜門先輩って」


「イメージと合いませんね?」


と口々に後輩が言う。白木さんに関しては完全にこっちの台詞なんだが…


 白木さんは客間で俺達をもてなそうとしていたが、腰が引け気味になっている俺達は縁側(縁側!)にお邪魔することにする。客間やリビングで、掛け軸やら、信じられない位デカい液晶やらをもし見ようものなら、テンションがどうにかなってしまいそうだったからだ。


 その点に関しては、さっきから立て続けに起きるイベントのせいで、若干様子がおかしな秋風さんを案じたということもあった。


 まあ無理もない。新生活の緊張の中、入学式をまさかの欠席、上級生のいざこざへの巻き込まれ、果てに初めての友人の家にお招きときている。詰め込みすぎだ。明日からの学生生活を空虚に感じないかが心配だな。


 縁側で白木さんが出してくれた日本茶をいただくと、俺は自分が浮足立っていたことに気づいた。柄にもないことはするものじゃない。適材適所という言葉のなんと正しいことか。


 ホッと心地ついていると、二人も一息ついたようだった。日本茶は偉大だ。日本万歳。


 「先輩、あの…」


 「ん?」


 「さっき、あのバカを一瞬でのしてたじゃないですか?」


 ずっと感じていたことではあるが、これを聞いて、白木さんはかなり口が悪い、ということを確信する。


 「ああ」


 「あれって、私達と同じ第七感セブンスセンスでやったんですよね?それとも、実は新人類ニューカマーだったり?」


 「それ、私も思った!亜門先輩、本当のところ、どうなんですか?」


 お茶を目を瞑って味わっていた秋風さんも食いついてくる。


 たしかに、抱いて当然の疑問だろう。だが俺は新人類ニューカマーでもないし、特別な旧人類プリミティブでもない。


 「期待に応えられなくてすまないが、俺は至って普通の旧人類だ。お前らと何も変わらない」


 「普通の旧人類に、あんなことが出来ます?怪しいな〜」


 と顎に手を当てて眉を顰める白木さん。


 「亜門先輩、嘘をつくとこれからゼミで気まずいですよ!それに、白木さんは絶対秘密を守ってくれますって!」


 ね?と秋風さんが白木さんを見て、呼応するように二人で頷き合う。仲の良いこって。


 その様子に、もうそういうことにしておこうかなという気持ちになるが、嘘をつくと気まずくなるらしいので本当のことを告げる。


 「俺は本当に旧人類だよ。疑うようなら、今から病院で鑑定してもらっても良い。」


 「なら、あの一連のことは…?」


 納得していない白木さんを手で遮って続ける。


 「お前らが不審に思うのも無理はない。だが、俺がさっきやったことは全部、旧人類の第七感で行えることの範疇だ。」


 「え?」


 「そう、つまりお前らでも訓練すればできることなんだ。もちろん、誰でもあそこまでってのは難しいだろうが……似たことは出来るようになる」


 「……私が、あんなことを?」


 「白木さんなら分かるけど…私もですか?」


 半信半疑の二人に、俺の口調は商品の良さを語る営業マンのようになっていく。


 「そうだ。地道に、コツコツとトレーニングを続ければの話だがな。」


 「例えば……、そうだな、こんなことも出来るぞ。」


 実際にやってみせた方が信用を得られるだろう。俺は、飲み終わった湯飲みを第七感でコントロールし、さっき記憶した間取りをイメージしながらリビングへ持っていく。


 まるで意思を持つかのように精密な動きをしながら浮遊する湯飲みに驚愕する二つの顔を横目に、俺は旧人類の歴史に想いを馳せる。




 昔は、サイコキネシスとか言われていたらしいこの能力は、今や旧人類が唯一獲得した能力である。しかし、かつて人類が夢見たこの能力は、サイコキネシスと呼ぶにはあまりに貧弱でお粗末なものだった。


 一つの対象をコントロールするのに尋常ではない集中力と神経が必要で、さらに質量をある程度持つ物体は動かすイメージすら大半の人は持てなかった。ので、せいぜい掌サイズの、ちょっとした小物を動かす程度が関の山の手品レベルのことしか人類にはできなかったのだ。


 さらに旧人類・第七感プリミティブ・セブンスセンスの不遇は続く。


 能力の開発や鍛錬に精を出し、己の限界を超えようにも、筋トレや勉強のように分かりやすい方法もなく、感覚器官といっても、目や鼻のように常に機能しているものではなく、意識的に使用するものであったために、ほとんどの人類が「ちょっと便利な手足が増えた」程度の認識で第七感との付き合いを考えるようになってしまった。


 そしてトドメは、旧人類が現れて間もなく、身体能力を強化する第七感を持つ現人類がこの世に生まれてきたことである。さらに現人類は?殖力もあり、旧人類の子供が現人類として生まれてくることはザラにあった。また、一度現人類として生まれた者の子供は高確率で現人類として生まれてきた。


 当然、50年もすれば現人類が人類の過半数を占めるようになる。さらに50年もすれば、マイノリティを排斥することに倫理観が邪魔をしなくなる。感情という曖昧な防波堤は、圧倒的な力と数の波の前には無力だ。


 法律は現人類が有利なように作られ、100年前の当たり前は当たり前ではなくなっていった。例えば、”弱いものいじめはよくない”とかな。


 そういった経緯で俺達は今現在こんな目に合っているらしい。全くもって迷惑な話だが、地球規模の話に文句を言っても仕方がないので、運悪く旧人類として生まれてきた人々は、そのことを享受して精一杯生きていくしかないというわけ。


 長々とこんなことを考えたが、全て小学校の歴史で習うことだ。断っておくが、俺の成績は中の中ってところだし、勉強家だからこんなことを知っているのではない。これはわが国の一般常識なのである。


 そんな一般常識を覆し、湯飲みを無事リビングのテーブルにゆっくりと着地させる。


「湯飲みは⁉どこに持ってったんですか?」


と白木さんが前のめりで詰めてくるので、俺は反射的に身を引いてしまう。女子慣れしていないと何度言ったら分かるんだ……一度も言ってないか。


「そんなに寄ってくるな?……まったく……リビングに置いておいたぞ。お茶、ご馳走様」


「秋風さん、見に行こ?」


「う、うん」


と駆け出していく。しばらくすると、


「先輩、マジでなんなんですかそれー!」「凄すぎっー!亜門先輩、ヤバいですね!」


と、やかましい声が聞こえてくる。ちょっとした悪戯心で、再び湯飲みを捉え、コントロールし、カタカタと揺らしてみる。


「「ぎゃあーーーーーーー?⁉」」


近所迷惑になるぞ。






「今見せたことは序の口だ。白木さんには、あれが当たり前にできるくらいには感覚センスを鍛えてもらおうと考えてる。」


「……はい!改めて、よろしくお願いします?」


と、決意に満ちた表情で頷く白木さんを、俺は眩しくて直視できない。


「だが、俺がやったようなことをやれという訳じゃない。白木さんは、白木さん独自の方向性で第七感を鍛えるのが一番良いと思う。」


「と、いうのは?」


「白木さんは武術を修めている。それも、非常に高いレベルでだ。それ単体でも現人類と渡り合えるほどの」


「それを活かさない手はない。何より……」


 俺は反省を活かし、素直な気持を伝えようと思った。だが、やはりというべきかすんなりと口に出来ない。


 白木さんの顔を見る。言葉を切った俺を不思議そうに見つめている。


「……白木さんの努力の結晶だからな。」


 顔が火照っているのが分かる。言い終わらない内に白木さんから目を背け、


「…………なんにせよ、だ。道場で続きを話すから案内してくれ」


と早口で言う。くそ、情けない姿だ。滅茶苦茶恥ずかしいし。


「……ありがとう、ございます。こっちです。」


 白木さんが背を向けてスタスタと歩いていく。俺は息をついた。これくらいは上級生としてすんなりと言えるようにしたいものだが……先は長く、険しい。


 ついて歩きだすと、秋風さんが嬉しそうに白木さんに駆け寄っていき、なにかささやいているが、俺の耳には届かない。






 「ねえ、白木さん。亜門先輩って、すごく優しい人だよね」「そう、だね。驚いちゃった」


 秋風さんにそう言われ、私の胸に嬉しさと同時に親心のような、不思議な気持ちがこみ上げてきた。


 正直言って、自分の気持ちをはっきりと口に出来ないという悩みには全く共感を覚えないけど、何とかしようという姿勢は応援したくなるし、先輩だから、という妙なプライドが邪魔をしそうなものなのに、それも見えない。


 いつか、自分の気持ちに素直になれるといいですね、先輩。


 っと、それより、先輩の第七感には本当に驚かされたなあ。私にも同じことが出来ると聞いて、不安よりも胸が高鳴る。


 ぶっちゃけ頭打ち感のあった自分の能力に、新たな道が示されたんだ、ワクワクしない訳がない!


 それに、先輩のように自在に第七感を操る可能性も、実は一切諦めていない。絶対にあの域まで鍛え上げて見せる。


 つくづく、私の長所はこのポジティブさだと思う。先輩が出来たことが、私にできない訳がない。そう心から思っているのだから。


 そうか。今思ったけど、ゼミ長に格闘技術を師事すれば、そっちの方もまだレベルアップが可能かもしれない!


 なんて楽しいのだろう。勃起男のことなどすっかり頭から抜け落ちていた。妻ヶ木ゼミに入って良かった。妻ヶ木ゼミ、最高。思わず天を仰ぐ。






「ねえ、葵。」「なんだ?怜」


「ほんとにここなの?白木さんのお家は。」「そうらしいぜ」


「おっきいわね?」「だなあ」


 葵と、生産性のあまりにも欠落した会話をしながら、邸宅を見上げる。いいなあ。いつか鉄君と、こんな立派な家で暮らせたらなぁ…


 私が妄想に耽っていると、


「お二人とも、わざわざありがとうございます!」とインターホンから元気な声が聞こえ、門が開いていく。すご。自動なんだ。


「まじかよ!自動で開くのか!すげー」


「……」「な、なんだよ、なんかおかしなこと言った?睨むなって」


「全く同じことを考えたのが癪だっただけよ。ほら行きましょ。」


 思ったことをそのまま口に出す。葵はトホホといった顔をしながら、


「んな横暴な…」


とボヤいている。


 今のやりとりを怜×葵派のクラスメイト達に見せたい。流石に考えを改めざるを得ないでしょう。そもそも今の最先端は、怜×鉄郎だと声を大にして愚かな世間に伝えなくちゃ。


「よう。お前ら」


 鉄君のことばかり考えていると、ついに本人が現れた。いつも通り気だるげにポケットに手を突っ込んでいる。だから、姿勢悪くなっちゃうでしょってば。


 「天音崎先輩!ご挨拶もろくにできずすみません!」


 「え、もしかしてあの天音崎先輩ですか?すごい、感激です!」


 予想外の華やかなお出迎えだ。背丈もそっくりな(一人はおそらくだけど)一年生の女子二人は、下級生らしくリアクションも大きくて、反射的に「可愛い」と思ってしまう。


 「久しぶりね。白木さん。そちらは……」


 「あ、えっと、初めまして!一年の秋風薫といいます。白木さんのクラスメイトです。私が亜門先輩を呼んだんですけど、そのまま流れで一緒に…」


 「そうなのね!ありがとう、うちのゼミ仲間を助けてくれて。」


 「いえ、私はなにも…亜門先輩がゼミ室にいてくれなかったらヤバかったです」


 「それよりも、二人とも怪我はない?大丈夫だった?」と、一番気掛かりだったことを聞く。私のあずかり知らないところで、後輩が怪我でもしていたら……


 「大丈夫です、先輩に助けていただいたので…ご心配おかけしてすみません」 


 「私も大丈夫です!」


 「そう…よかった」胸を撫でおろす。


  鉄君は何度も名前を出されたのが照れくさいのか、手を後ろに頭をかいている。


 「それにしても…珍しく大立ち回りだったみたいね?鉄君?」


  あえて腕を組み、見下すようにして鉄君をイジる。人生で最も幸せな瞬間の一つね。


 「さあからかってやろう、って顔だな…」と彼は顔をしかめる。それに対し私は、


 「そう?これでも感謝してるのよ」


 あえて、腰に手を当ててそう偉そうに告げる。楽しい。


 本当はよく頑張ったねって抱きしめてあげたいけど、自重する。正確には、恥ずかしくてそんなのできたことないから、妄想する、か。


 「そうだな、今回は鉄郎が動かなきゃ危なかった。礼を言うぜ」


 私の後ろから葵がヌッと現れると、一年女子たちはさらに湧く。


 「妻ヶ木ゼミ長!後処理をしてくださったみたいで、ありがとうございます!」


 「す、すごい!本物の妻ヶ木生徒会長だ!お会いできて光栄です!」


 肩書が多いわね、葵。


 特に秋風さんは、目を輝かせている。忘れがちだけど、葵ってガタイ良くて結構イケメンなのよね。本当に忘れがちだけど。


 「はは、とにかく二人とも。本当に怪我がなくてよかった」


 「そんな…滅相もないです!」「心遣い、痛み入ります!」


 そんな二人の後ろで、苦虫を?み潰したような表情をしている鉄君がおかしい。こっそり写真撮っちゃおうかしら。


 「お前ら……その反応はなんだ……俺の時とエラい違いじゃないか」


 すると後輩女子は口々に、


 「先輩、悪いとは思ってます!けど、あまりのスター性の違いに…」


 「あ、亜門先輩は親しみやすいですよね!」


 と全く体をなさないフォローを入れる。スター性って…白木さん、面白い子ね。


 「気を使うのか使わないのかはっきりしろ」


 と苦笑するしかない先輩と遠慮のない女子二人、というどこかで見た構図に、私は思わず声を上げて笑ってしまう。


 「あはは、鉄君ったら、一年生女子に早くも良いようにされてるわね」


 「くくっ……仲良くなったみたいでなによりだ……はははっ」


 葵も笑いを抑えきれないようだ。ホント、可愛いんだから、鉄君は。


 普段の私達の空気になってきて、そこに後輩たちも違和感なく混じっている。よかった。これからも、皆で仲良くやっていけそうね。


 平和が一番よ。ね?鉄君。


 視線をやり、二人で、誰にも分からない位に頷き合う。いつものことだ。






 葵と怜が、案内もなしにここへ来たのはなぜだろうと疑問だったのだが、聞くと俺を除いた葵ゼミグループチャットがあるといい、そこで事の経緯や位置情報をすでに共有していたとのことだった。


 たしかに俺は連絡をほとんど返さないし、こちらからする用事もないが………流石に誘えよ。俺じゃなかったら非行に走ってるぞ。


 こんな悪逆非道な二人に囲まれ幼少期、思春期と過ごしてきたにも関わらず、健やかに優しく育った自分を褒め称えたい気持ちになる。偉いぞ俺。


 大体、こいつらはまだ白木、秋風ペアの前で猫をかぶっている。


 葵は本質であるギラギラとした部分を隠して好青年のごとく振る舞っているし、怜に至っては……まあ怜はいつも、初対面の人にはそうなんだが……


 いつもの怜との違いに笑いがこみ上げ、かみ殺していると当事者から正に?殺されそうな視線が飛んできていた。 


 「なによ」「別に…何もねえよ」「…ふ〜ん」


 おっと、そろそろやめておこう。こういうのは引き際が肝心だからな。やりすぎると後で間違いなく痛い目を見ることになる。


 「あの、亜門先輩、天音崎先輩」


 左後ろから声がする。


 「なんだ、秋風さん」「えっと…違ったら大変失礼なんですが…」


 「どうかしたの?大丈夫よ。遠慮しないでなんでも聞いてね」


 もじもじしている秋風さんに、怜も優しく促しをすると、彼女はとんでもない爆弾を投下してきた。俺達二人にしか聞こえない様なひそひそ声で、


 「お二人って、付き合ってるんですか?」


 「…………えっ?」「あ〜……」


 俺は頭をかきながら一旦お茶を濁す。


 まいったな。心なしか、これは返答によっちゃ、今日あったことが全て些事に思える程の面倒な事態になる予感がするぞ。


 「て、鉄君??」


 顔が分かりやすく赤くなっている怜が勢いよくこっちを見る。


 こいつ、俺に丸投げするつもりなのか?……よし、いいだろう、この場での模範解答をたたき出してやるから見てろ。


 「すみません!答えにくかったら全然平気なので…ごめんなさい。」と俺達が沈黙したのを見てしゅんとする秋風さん。


 「…問題ない。すこし戸惑っただけだ。」「じゃ、じゃあ…」


 「待て、早とちりするな」少々の逡巡。そして。


 「いや…そうだな…………俺達は、まだ、そういうんじゃない。」


 最適解をひねり出す。実際、間違っていない。


 偉い、今日はよく頑張っているぞ、俺。


 「そうだろ、怜?」


 怜を見やる。顔がさっきよりも、分かりやすく赤くなっている。写真に収めておくべきか?


 「…………う、うん。そうね。」そう、かすれた声で言うと、秋風さんは、


 「わあ〜っ…素敵。あっ、すみません、おかしなこと聞いて。」


 と、手を胸の前で組み嬉しそうだ。そして怜の耳元に口を寄せ、


 「いきなりごめんなさい。気になっちゃって。でも絶対に、誰にもこのことは言いません。約束します」


 とささやく。丸聞こえなんだが…


 「だ、大丈夫よ。」そうしどろもどろで言う怜に満面の笑みで答えると、そのまま、スキップでもするように少し前へ駆けていってしまった。


 やれやれ…一年女子、おそるべし。色恋沙汰となるとああなってしまうのか?


 「あの子…怖ろしい子!」


 「まったくだな…」今日一の危険を回避したのではないだろうか。ヒヤヒヤさせられる。


 後でこのことについては怜と話し合うとして、今優先すべきは白木さんのことだ。俺は前を行く白木さんに声をかけ、連れ立って歩く。


 実は白木さんの感覚センスを感じたときから、彼女にはかなりの才能があると思っていた。なぜなら、戦闘において白木さんは全く感覚を使っていなかったからだ。感覚を対象に向けて使う際、指向性が生まれるのだが、俺が感知している中では白木さんはそのような性質のものを発揮することは無かった。


 にもかかわらず、俺が白木さんの感覚をすぐに感知できたのは、常時発している感覚量センシティビティが非常に大きいということで、それは元来のものであり、また、同時に大きなポテンシャルなのである。


 という旨を、白木さんに話したのだが、ピンときていない様だった。まあ、無理もない。


 白木さんに感覚を実際にモノに向けて使ってもらい、更なる可能性をはかることにした。丁度、離れの道場の到着したので、手っ取り早く近くのもので示してもらうことにする。


 「むむっ」


 白木さんが両手を伸ばし、全感覚量を向けると、道場の扉がズズッ…とスライドした。


 おお……こいつはとんでもない原石かもしれんな…などと、思わず一人興奮してしまう。


 なんだ?そんな生暖かい目でみないでもらいたいものだが…


 「なに一人で盛り上がってるんですか…先輩に比べたら全然じゃないですか、こんなの」


 悔しそうな白木さんに俺が答える前に、葵が言う。


 「鉄郎は旧人類第七感プリミティブ・セブンスセンスオタクだからね。いつもそのことばかり考えてるよ。」


 「そうなんですか?」


 ニヤニヤとでもしていたのだろうか。生暖かい視線もそのせいか?……気をつけなくては。これ以上後輩からの評価が落ちては、せっかく今日稼いだ分も振り出しになりそうだ。


 「確かに…そういう面があるのは否定できん。」


 「だから白木さんの才能は、もう垂涎ものだろ?」


 こいつ、自分のことはさておいて人のことばかり言いやがって。


 「お前もそうだろう」


  暗に、?お前だって第七感オタクだろう?という含みを持たせ反論すると、


 「もちろん俺だってそうさ。だから、白木さんをゼミに迎え入れたんじゃないか」


 打てば響くように返事が返ってくる。


 「…そりゃそうか」


 反撃しようとしたが普通に負けた。ちなみにここだけの話、頭脳派を自称している俺だがこと舌戦となると滅法弱い。もしかしてもう皆にもバレてるか?


 「そんなストレートに褒められると照れますね…」


 と白木さん。自らに自信があることも、彼女の強さの源泉なのだろうが、褒められて当然、といった態度を取らないのは後輩としてのポテンシャルも感じさせるな。


 「さあ、鉄郎のおかしな嗜好も明るみになったところで、どうやって白木さんを伸ばしていくんだ?お前のことだから、試合をさせるということは何か考えがあるんだろ?」


 「ええ、正直自分のことながら、どうすればいいのか見当もつきませんよ」


 普通、そんな曖昧な状態で試合を勝手にセッティングされたら怒りそうなものだ。俺なら怒り心頭だと思う。その信頼にはしっかりと応えねばなるまい。


 俺は部室でぼんやり浮かんだアイデアを、あらかじめ具体化しておいた。脳内で反芻し、確実性も高いと判断したので、早速実践に入らせてもらうことにする。


 「もちろん考えてある。白木さんの武術に、第七感を組み合わせるんだ。」


 「と、いうと?」「う〜ん…口頭だと難しい」そう言い、葵をチラリと見る。


 本音を言うと、今日はもう長ったらしい説明をするのがうんざりなだけだが。


 「なら、俺と組手しながらにするか!なあ、白木さん。」


と、俺の意図を汲んだ葵が元気よく提案すると、白木さんにはさぞ嬉しい提案だったのか、


 「はい!是非、そうしたいですそうさせてください!」


 とんでもない熱量をみせる。体を動かすことにどうしてこれだけ喜べるだろうか。これだから体育会系は苦手だ。


 「そうこなきゃな!流石白木さんだぜ。」


 と手を打っている葵に、白木さんが人の悪い笑みを浮かべながら聞く。


 「願ってもない話ですよ!どうして私が妻ヶ木ゼミに入ったかわかりますか?ゼミ長」


 「なんでだ?」「聞いて驚かないでくださいよ、ゼミ長と、手合わせできるからです!」


 「つまり今この時が本願ってわけか!はっはっはっ!」「その通りですよ!あはは!」


 なにこいつら怖い。いまそんな爆笑するポイントあったか?


 「ま、まあ、とにかくそうしてくれると助かる。」


 狼狽しながら答えると、うきうきで走り出していく白木さん。どうやら道場内の奥にみえる小部屋が更衣室らしい。


 「ちょっと着替きますんで待っててください!」


 それを見て、怜と秋風さんが口をそろえて


 「元気ねぇ」「元気だなぁ」


 と呑気な顔を浮かべている。確かに、さっきまで上級生の男と喧嘩してたとは思えないバイタリティだ。


 「さーて、今日はこれが楽しみで、面倒な挨拶やらなんやらもやりきったんだぜ」


 葵も学ランを脱ぎながら、嬉しそうな様子でストレッチを始める。それには思わず皮肉も言いたくなる。葵お前、明らかに俺以上に白木さんの才能にワクワクしてるよな?


 「やりきったというより、なんとか乗り切ったんだろう」


 「何言ってんだ鉄郎。完璧だったよ。中には感涙する者もいたくらいさ。」


 「泣きたいのは私の方だったけどね。」と腕を組み、冷ややかな怜。


 「本当に怜のおかげさ!いつもありがとうな!」


 と心なしか早口で、しかも必要以上にさわやかに葵が言う。大方、怜が直前にざっくりとした台本でも用意したのだろう。まったく世話のやけるやつだな。


 「秋風さん、こいつのこの顔に騙されちゃだめよ。人を利用してやろうって気満々なんだから。」


 秋風さんは、顔を隠し、体を震わせながら笑っている。楽しそうで何よりだ。


 「先輩方のやりとり……おかしいっ……ふふっ」




 「お待たせしました!皆さん、どうぞお上がりください!」


 「随分早いな」


 柔道着に着替え、手にモップまで手にしている白木さんを見ると顔に見合わず板についていた。長年着続けているからなのだろうか。


 「お邪魔します。」と怜がローファーをきっちり揃えて道場に入るのを見て、バラバラに脱いだ自分のローファーを直す。お前、本当に孤児院育ちか?


 「早速やろうか!」「はい!」


 と二人が道場の真ん中へ意気揚々と向かう。怜と秋風さんは少し離れて座って見学するつもりの様だ。なら俺も…


 「先輩、何してるんですか?教えてくださるって話では…」


 そうだった。


 「白木さん、実はな、鉄郎は結構抜けてる所があるぞ。」と葵が憎たらしく笑いながら白木さんに言う。ほっとけ。


 「多少抜けてようが第七感についてはレクチャーできるんだよ。葵には決して出来んことだがな」


 「分かったよ。それでどうすれば良い?」


 取り合わず、手を左右に広げて葵が聞いてくる。俳優のような振る舞いだ。


 「そうだな…まずは葵から仕掛けるようにして、普通に組み合ってくれ。白木さんの技を見たい。やり方は任せる。」


 「OK」葵の返事で、俺は少し二人から離れる。


 葵が白木さんに向かってゆっくりと頷くと、白木さんは構えの姿勢をとる。半身になり、左手は前に出し迎撃の形、右手は腰のあたりで引き反撃の形を取っている。なるほど柔の武術と、素人の俺でも理解できる型だ。


 「第七感は使わない。でいいんだよな、鉄郎」「ああ」


 白木さんが、脱力から、はっきり見て取れるほど体を緊張させ力を込めている。その動作は滑らかで、その状態でも会話さえできるようだ。それほど日常的に行っているということか。天晴。


 「ゼミ長、手心は?」「いるわけないさ、好きなようにしてくれ!頑丈さには自信がある!」


 「わかりました、いつでもどうぞ!」


 その白木さんの合図で、葵が正面から飛び込んでいく。かなり早い。もしかして全力か?


 葵も、口だけじゃなく本当に白木さんを高く買っているようだ。


 右の大振りのパンチを繰り出す。顔面狙いの、一番分かりやすいやつ。


 白木さんは重心を左に変え、葵の腕を左手で抱え込み、右の手のひらで受け止める。その動きのあまりのタイミングの良さに、かなりのスピードと体重を乗せた葵のパンチは勢いが殺されたようにみえた。


 「おおっ」


 と葵が感嘆する間もなく、見事な体捌きで重心を右に変え、葵の腕を背に回し、膝を使って体重差のある葵を持ち上げる。


 「っりゃ!」道場に重たい音が響く。


 そのまま綺麗な背負い投げが決まった。


 「「おお〜!」」と、俺と怜の驚嘆の声が重なる。秋風さんに至っては、


 「カッコイイ〜‼」と一人拍手している。本当、楽しそうで何よりだな。


 「いや、ホントに流石だ!結構強めに行ったから心配だったんだが、杞憂だったよ!」と、誰よりも嬉しそうな葵。


 「あ、ありがとうございます…!一応、今のが白木流”黄泉送り”です。」


 やはりな。白木流は非常に見事だったが、白木さんはたった一度の攻防で少し消耗しているようだった。あれだけの精度の技を繰り出すとなると、相当神経を削るに違いない。


 「白木さん、技はすごくよかった。何というか…美しかった。しかし、正直に言って欲しいんだが、少し疲れていないか」


 と俺が聞くと、


 「ありがとうございます。………疲れてるの分かります?この技、勝負を決めたい時に使う大技なので集中力いるんですよね」


 息こそ切らしていないものの、だ。


 「つまり連発はできない。そういうことになるか?」


 「まあ…するなら根性ですね」


 どこまでも前向きなのは非常に羨ましい限りだが、現人類との戦闘においてあまり使い勝手はよくなさそうだ。奴等は、能力を使役するだけならそこまでの消耗はない。削り合いになると、白木さんに分が悪いだろう。


 「根性ってのは、手段が無くなった時に初めて頼るものだ。白木さんには手段がまだ残されているから、根性はもっと大事の時用にしまっておけ。」


 「そうなんですか…なら、何をすればいいですか?」


 あまり感じの良い言い方ではなかったが、白木さんが大人で助けられている。


 「今の攻防、特に葵の右の大振りは随分早かった。あの速度を緩めることが出来るとしたら、どうだ?」


 「えっ?」まだのみ込めていない様子の白木さん。


 「集中力が必要になるのは相手にスピードがあるからであって、落ち着いて技をかける分にはそこまで集中力は要さない、だろ?」


 「はい、演武ではそうですし、体に染みついている自負はあります。」


 やっぱりそうなのか。俺には想像を絶することだが、さらりと言うな。


 「俺もそうなんじゃないかと思った。ってことは、敵の攻撃のスピードにこちらが干渉できさえすれば、ペースを握ることが可能になるはず。そしてその干渉にこそ、俺達の第七感プリミティブセブンスセンスを用いる」


 「い、いえ!おっしゃっていることは分かったんですけど、どうやってそんな…!」


 イメージを掴めないか。白木さんのような、第七感を普段使うようなことのないやつにとってはまさに雲を掴むような話だろうからな。うまいこと言った。


 「じゃあ…今から葵が俺に、同じように殴り掛かるから見ててくれ」


 「えっ?だ、大丈夫なんですか?」「亜門先輩、危ないですよ?無理しちゃダメですよ!」


 一年生コンビが揃って俺を心配してくれているのをみて、怜が成長を見守る保護者の様な顔をしているのが腹立たしい。俺をやたら子ども扱いするのが、怜の悪い癖だな。


 「よっしゃ、行くぞー」


 とさっきまでの喜びようが嘘のように、容赦なく、能天気に葵が俺に飛び掛かってくる。さっきより早い。白木さんが分かりやすいようにか、同じ右の大振りだ。


 秋風さんが軽く悲鳴を上げているのが聞こえる。


 俺は左手を半分伸ばすようにし、感覚を葵の右手に這わせる。葵の右手は、操る糸が切れたようにピタッと停止する。


 「止まった…………」と、唖然とした表情で白木さんがそれを見つめている。


 「こんな風に能力を使役できることを目指したい。俺達の第七感の本質は、己以外の物体の運動に干渉できることだ。ただ、あまりにも微弱な力の為、誰もそのことには気付かないというだけなんだ。」


 説明しながら、葵の右腕を解放する。


 「こんな風に完全に停止させなくても、動きを遅くするだけでも十分反撃の隙が生まれる。……白木さんはゲームってやるか?」


 「え?………ああ、ゲームですか。やりますよ」


 急に話題を変えられ、あっぷあっぷといった感じだな。先輩の威厳、絶賛回復中。右肩上がりだ。というかゲームやるのか。不意をつかれ、そちらに興味が湧いてしまう。


 「そうなのか?結構やるのか」「はい、父の影響で…最新の筐体は家に全部ありますよ」


 なんと。葵を見ると、感極まったのかやけに神妙な面持ちで佇んでいる。


 「おい…葵」


 「ああ…白木さんは最高さ。鉄郎」


 「だな。今度是非遊びに行かせてくれ。」


 「いいですよ。スマブラしましょう。四人までできますよ。私結構強いですからね。」


 まさか最新作か?家にあるスマブラは、何世代も前のやつで、プレイする為のハードも葵がリサイクルショップで格安で手に入れてきたとても古いものだ。俺達のゲーム環境といえば、ずっとその程度、最新作には縁のない人生だったのが…革命が起きた。白木さんというジャンヌダルクの登場によって。


 「くっくっく……面白くなってきたな。腕がなるぜ」


 「……生徒会長として、二人には負けられないな…ふっふっふ……」


 二人して笑いが止まらない。


 しかし、まだ見ぬ最新ハードに胸を躍らせている俺達に突然、冷や水が浴びせられる。


 「ねえ。」


 声の方を見ると、怜が心の底から呆れかえった顔をしていた。秋風さんもひどく冷たい目をしている。


 「「え?」」


 俺と葵の声が重なった。


 「水を差すようだけど、第七感のことはどうなったの。」


 人の心がないのか。無情かつ無機質なツッコミで、俺達は我に返る。ええと、何の話をしようとしてたんだっけ。


 「ああ…そうだ、ゲームの、RPGってやったことあるか?」


 「…あっと、はい、ドラクエとFFなら。」


 「それに出てくる、スロウとかボミオスみたいな感じだ。」


 「なるほど〜…よく分かりました。」


 そう、我ながら良い例えだと思ったのだが、つい気を取られてしまった。白木真、やはり恐るべし。葵がすでに涼しい顔をしながら頷いているのは気に食わないが…


 俺の言葉に得心している白木さんだが、実はまだレクチャーは済んでいない。きめ細やかなサービスが亜門流の売りなんだ。それに正直こっちが本命だ。


 「白木さん、白木流っていうのは、見たところ柔の武術だと思うんだが、合ってるか?」


 「ええ、そうです!よく分かりましたね。あまりそういうのには明るくないと思ってたので、意外です。」


 まあ、父親代わりの人間から昔、色々叩き込まれかけたからな…苦い記憶だ。俺が体育会系を肌に合わないと感じているのもそのことの影響が大きい。


 「と、いうことは、こちらから仕掛ける、というよりは向こうの出方を待つ方が都合がいい。」


 「その通りです。現人類は血の気が多いのでなんとかなりますが…」


 「そこだ。」「え。」


 白木さんは才能に溢れているが、まだその点で粗削りだ。戦闘というものは、あらゆるケースを想定し、絶対に勝利へ持って行かねばならない。将来、もしレジスタンスとして活動をするつもりなら、敗北は死に直結するだろう。勝利以外はあってはならないのだ。もっとも、まずそんな世界に身を置いてほしくないものだが。


 「現人類で、血の気が多くない、冷静な奴と出くわしたらどうする?自分より、頭の回る、狡猾な現人類と相対しなくちゃならなかったら?」


 「……!」


 「さっき俺が自分の評判の悪さまで逆手に取ったことに、あまり良い印象を抱いていなかったようだが、あれは他人事じゃない。白木さんこそ、ああいう手法を取らなきゃならないんだ。なんとしてでも、自分の優位を確保するというやり方をな」


 「……たしかに、そうかもしれません。」


 「厳しい言い方ですまない。だが、することは一つでいい。俺と違って、たった一つだけだ。」


 「それは……?」


 「相手から仕掛けさせるよう、仕向けることだ。仕掛け手がないなら、向こうから来てもらえば良い。やり方は何でもいい。さっき俺がやった様に、相手の逃げ場を無くしたり、挑発したり……とにかく相手に手を出させることを意識しろ。そうすれば、白木さんの得意なフィールドで戦うことができる。極端なことを言えば、こっちのフィールドに持ち込めなかった場合は戦うことを避けるべきだ。それ位、重要なことだ」


 「……」


 毎回目をしっかり合わせてくる白木さんが、斜め下を向いたまま。気まずさがあるが、構わず続ける


 「先の試合ではそこまでしなくても良いとは思うが、もっと先を見据えた話だ。喧嘩両成敗とは言うが、実際、司法は、手を先に出した方を守っちゃくれない。常に、後のこと、最悪のケースを頭に入れ行動するべきだ。お前がこの先レジスタンスに籍を置き、学生運動に注力するのであればな……と、俺は思う。なんせ…」


 ここまで言い切り、息を吸う。そう、何よりも、俺達は…


 「俺達は旧人類プリミティブだからな。」


 「そう、ですよね」


 白木さんは、俺の発言の行間を読んでくれているようだ。これは今までやってきたトレーニングや、鍛錬ではなく、命と関係してくることなのだと。生物として劣っている俺達が生存競争に打ち勝つためには、きっと必要になってくることなのだと。


 いずれ伝えなくてはならなかったこととはいえ、さっきまでわいわい楽しかった空気を壊してしまったことには、流石に罪悪感を覚える。一応謝っておいた方がいいだろう。


 「…すまん、白木さん。秋風さんも。ちょっと重たかった」


 「いえ、大丈夫ですよ。むしろ感動しました。」と秋風さんは微笑んでくれた。


 「…そう言ってくれるとありがたい。」


 「…白木さん?大丈夫?」と怜が心配そうに立ち上がり、こちらに寄ってくる。


 白木さんは黙り込んでしまった。だが、空気を壊したことに謝っても、言い過ぎたということに謝るつもりはなかった。シビアなようだが、全て真実だからだ。


 白木さんの意思が鋼の如く固い以上は、説得してレジスタンスから手を引かせることは不可能だ。本人の希望を尊重するなら、せめて、というか絶対に、死んでほしくない。そのためには、彼女の理想のやり方を曲げてでも、死に物狂いになってほしい。


 葵は、何も言わない。あいつの心境も、俺と全く同じだろう。白木さんと俺達では、経験値がどうしても違ってくるので、いくら葵でも掛ける言葉が見つからないようだ。


 そう考えていると、白木さんが急にサッと顔を上げ、一歩引くようにして、


 「先輩、ゼミ室では、失礼な態度を取って、申し訳ありませんでした?」


 と滅茶苦茶デカい声でいきなり頭を勢いよく下げるものだから、俺は


 「うわあっ?なんだいきなり?」


 と、またしても情けない声が出て、あまりの衝撃に尻もちまでついてしまう。


 「先輩が腐っているなんて、とんでもなかったです?今のご教授で、目が覚めました! 私が甘かったです!やれることはやります!」


 「と、取り敢えず落ち着け?全然気にしてないから驚かすな?」と手をバタバタさせて白木さんを宥める。


 デジャヴだった。数時間前にも行われたやりとりを見て、


 「鉄君…!カッコ悪…!」と怜は体を丸めて笑っているし、


 「鉄郎…お前しまらないなぁ」と葵はニヤついているし、


 「うわぁって…!……!」秋風さんに関しては声を失うほど笑っているようだ。


 ……まあいいさ。この身を削って、皆が笑ってくれるなら本望。平和が一番だ…


 今日は本当によく頑張っている、今日の亜門鉄郎は最高だと、もはや自分を手放しで誉めた。

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