第32話:修道会の内通者

「助からないかとも思ったが、案外頑丈にできているようだ。不死身の噂は本当かもな」

 紳士はルーヴィックの様子を見ながら呟いた。その声には聞き覚えがある。

「お前……ハンプ……」

 ルーヴィックが言いかけた所で、紳士は手を上げて遮る。

「誰のことを言っているかは分からないが、ここではその名前を言わないように。今日は、友が怪我をしたと聞いてね。お見舞いに来たのだよ。大丈夫かね。ヘンリー? お父上が不在の中で、君に何かあれば私はお父上に顔向けできない」

「心配ご無用です。ベイリー卿」

 ヘンリーは軽く会釈をすると、ベイリー卿は片手を上げて勝手に椅子に腰を下ろす。

「なんで、こいつがここにいるんだ?」

 ルーヴィックの言葉に、ベイリー卿は顔を顰める。

「初めて会うアメリカの友よ。こいつ呼ばわりを失礼なんじゃないかね? 仮にも命の恩人だよ」

 意味ありげに言うので、ヘンリーに説明を求める。

「ウィンスマリア教会が崩れる中、あなたとユリアさんを助けたのは、ベイリー卿の息のかかった悪魔なのです」

「なんのなんの。礼には及ばないよ。ついで、だったからね」

 まだ何も言っていないのに、恩着せがましく言ってくる。やはり好きにはなれない。

「どうしてウィンスマリア教会に?」

「本当はアントニー神父の救出、もしくはレリックの回収に向かわせたのだがね。助ける義理もなかったが、息があったので、結果的に君らを連れてきたわけだよ」

「貴族なのか?」

「いかにも。そして内務大臣でもあるがね」

「悪魔を使ったスパイか」

 それには笑みを浮かべるだけで答えない。

 代わりに ルーヴィックへ包みを手渡した。

「そうだ。アメリカ人の友よ。君にこれを預かっている。君の協力者からだ」

 包みを開けると手紙とケースが入っていた。

「アメリカ政府によって君の身元は保障された。これでイギリスでの活動は許可された」

 ベイリーの言う通り、手紙には同じような旨の文章が書かれている。

 それはアメリカの協力者からの物だった。いつもルーヴィックのサポートをしてくれている。

「あいつ、預言者かよ」

 軽く鼻を鳴らしながらも嬉しそうにケースを開けると、そこにはオートマチックの拳銃が一丁入っていた。美しい銀色の銃身には祝福の聖句が刻まれている。その美麗なフォルムは惚れ惚れしてしまう。

 それを手に取りながら、スライドや引き金の引き具合や音を確かめる。


 悪くない。いや、むしろ前のよりも格段に良い。


 ルーヴィックの意見が反映されている特殊仕様だ。

 タイミングを考えれば、この銃を送ったのは、ルーヴィックがイギリスに経ってすぐのことだろう。つまり、その段階で銃が壊される、もしくはそれに近い危険に陥っていると予想してのことだ。

「この国に来て、一番の笑みを浮かべてますよ」

 ヘンリーが子供のように銃をいじるルーヴィックに呆れながら言う。

 彼は、獲物を仕留める猛獣の様に牙をむくようにして笑っていた。

「私もそれ、欲しいです。私の分はないのですか?」

「あるわけねぇだろ」

 冷たい返答にムスっと膨れるヘンリーに、ベイリーは世間話でもするように口を開く。

「それはそうと、アントニー神父の死で『ある組織』はかなり揉めているようだ。もちろん議題は地獄の門をどうするのか、話し合われているが答えは出ていない。この調子では答えが出る前に、この世界は終焉を迎えるだろうね」

「それはぜひとも止めて差し上げなければ。世界の終焉も、答えの出ない無駄な議論も。ただ……肝心な門の場所が分かりません」

「さて。どこにあるのだろうね。こればかりはその組織が全力で隠している物だ。普通に探しては無理だろうね。ただ内通者がいれば別だろう」

 ベイリーは咳払いを一つして、続ける。

「そうそう。その組織の者は定期的に封印場所で儀式を行う。その時は、必ず同じ馬車を使うそうだ。特定の道を覚えさせた馬にね」

「よくもそんなことまで知ってるな」

 ある組織・修道会の内情に詳しいベイリーに、ルーヴィックは当然の疑問をぶつけるが、彼は「なぜだろうね」と曖昧に笑みを浮かべるだけ。代わりに、彼の胸元には何かしらのシンボルの彫られたバッジが見える。英国議員の物でない。それと同じ物をアントニーも付けていたことを、ルーヴィックは思い出した。しかし、それを言おうと口を開きかける前にヘンリーとの会話に戻ってしまった。

「しかし~。都合よく、それらを見つけられますかね」

「神のみぞ知る、だろうね。そういえば、ロンドンより北西に隠された遺跡があるんだが、知っているかね」

「初耳ですね」

「では、行ってみるといい。興味深いよ。人はまず近づかない所だ。私の馬なら連れて行ってくれるだろうから、使うといい。今夜は月が綺麗だ。私は少し夜風に当たって帰るとしよう」

 そう言うと、彼はゆっくり立ち上がり、扉まで歩いてから振り返った。

「いいかい、ヘンリー。そしてアメリカ人の友よ。仮に、万が一にもだが……その組織の人間が門の場所を教えたとする。もちろんそれは組織と祖国に対する背徳行為だ。大変な危険を冒すことになる」

 ベイリーはハットのつばをいじり、言いづらそうに口籠るが、諦めたようにため息混じりに話す。

「それをするということは、それだけ君たちのことを信頼している、ということだ。ぜひとも、そんな酔狂な者がいたら、その期待に応えてやってもらいたいものだね」

「私は期待されると、頑張ってしまうタイプの人間です!」

「アントニー神父を失った修道会では、今回の件は荷が重すぎる。やれやれだよ。忠誠心と愛国心でできている私にとっては本当に厄介な事態だ……おっと、少しおしゃべりが過ぎたかな。昨晩飲んだジンのせいだな」

 ベイリーはニヤリと笑い、ハットを軽く傾けると「では、エクソシスト諸君。明日があれば、また」と自嘲気味に笑って言うと部屋を出て行った。

「奴はいくつ顔を持っているんだ?」

「彼は信仰心よりも、国家の利害で動く人ですからね」

「こんな夜分にも関わらず、プリーストさんの傷の様子を心配してきてくださるなんて、ベイリー卿はお優しい方ですね」

 ルーヴィックとヘンリーの「ん?」という視線に気付いたユリアは、なぜそんな目で見られるのか分からず首を傾げている。

「まぁ、行くか。パーティに遅れちまう」

「そうですね。あなたのドレスコードを整えたらすぐにでも発ちましょう」

「……え? 地獄の門の場所は? どこにあるかはいいんですか?」


 さぁ、狩りの時間だ。

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