第31話:相棒の再結成


 銀の弾丸を再び握りしめたルーヴィックの顔つきは、すでにエクソシストのものへと変わっていた。

「どれくらい意識がなかった」

「一日、といったくらいですか」

「そんなにもか?」

「バカを言わないでください。永遠に目覚めなくてもおかしくないレベルですよ。そうでなくても、最低でもあと数日は無理だと思っていました」

 制止するユリアやヘンリーの手を振り払いながら立ち上がると、自分の体でないようなふわふわした感覚によろめいてしまう。


 こんな状態で戦えるのか?


 そんな疑問を頭から払いのける。

 戦えるかどうかではないのだ。戦う以外の選択肢がないなら、どうすれば戦えるかを考えるしかない。

「敵は教授の助手だった」

「えぇ。分かっています。しかも、彼女は天使であることも」

 聖なる力を無効にする炎と標的だけを燃やす炎を操る。エクソシストにとっては天敵に近い。

「これを見てください」

 そう言って、ヘンリーは真鍮で補強された瓶を見せる。それは馬車の中で悪魔が落とした物だ。

「ここには音が封じてありました。恐らく発火のカラクリは振動でしょう。音の振動によって、特定の物を発火させているんです。あの天使は、悪魔たちにこのアイテムを渡していたのでしょう。カーター教授はこれにやられたわけです」

 そしてカーターの息子・レイも同様だろう。

「だから、バンシーの鳴き声に反応したのか」

 ルーヴィックは道具箱から小瓶を取り出す。派手に振れば、絶叫が漏れてくるのでゆっくりと置く。

 教会で、天使が口笛を吹いた時、間違いなく標的はルーヴィックだった。しかし、バンシーの鳴き声の発する振動とぶつかったことで、ズレたのだとヘンリーは納得する。

「ちなみに、どうやってこの中に鳴き声を入れているんですか?」

「秘密だ」

「一つ、いただけません?」

「ダメに決まってんだろ」

「ですよね」

 物欲しそうに瓶を眺めるヘンリーを余所に、ルーヴィックは力の入らない足を叩きながら、隅に置いてある自分の鞄を持ち上げる。中には悪魔と戦うための道具が入っている。

「何をなさってるのですか?」

「見て分からねぇのか? 武器の補充だ」

 ボロボロになっている道具箱を開け、空いている場所に新しいアンプルを押し込みながら答える。

「ルーヴィック。そのお体では無茶です。私に任せてください」

 見れば、ヘンリーはすでに余所行きの恰好をしていた。ネイビーの真新しいタキシードにトップハット。昨日までとは違う取っ手に繊細な装飾が施され持ちやすく加工された黒い傘を持っている。彼も戦いに行くつもりだったのだろう。

「私はこの状況を作り出した責任があります。鍵と指輪は奪われ、門を封印していたアントニー神父が亡くなりました。残るは門の開放のみ」

「だが、まだこのイギリスがあるってことは、手遅れになってないって事だ」

「えぇ、それも時間の問題でしょう。しかし、そんな簡単に奴らの思い通りにはさせませんよ。ジョンブルのエクソシストを甘く見ないでもらいたい」

「だから、お前に任せろって?」

「これ以上、動けばあなたは死んでしまいます」

「かもな。だが、まだ俺は生きてる。休むのは、死んでからだ。睡眠不足で眠かったが、傷の痛みのおかげで目が覚めたよ」

「そんな精神論で戦えるほど甘くはありません」

「俺はただ粛々とすべきことをするだけだ」

「まだ私を信頼できませんか?」

「一人じゃ、勝てねぇって話だ! ……一人で向かえば、お前が死ぬ」

 ルーヴィックの言葉に、ヘンリーは押し黙る。その指摘は正しい。ヘンリー一人では手に余る事態だ。

 言い返してこないヘンリーから視線を戻し、ルーヴィックは自分の武器を確認する。教会での戦いでだいぶ消耗した。身を守るためのコートも上着も焼けてしまった。予備を用意していないわけではないが、効果は下がってしまう。

 守護を失えば、人間の肉体など悪魔の攻撃で容易に破壊されてしまう。

 そう思うとメーメンにやられた背中が痛む。ただ、思い出す。最後に女悪魔の放った弾丸を胸に受けていたことを。しかし、確認しても胸に銃創はない(仮にあったら死んでいるはずだ)。

 しばらく探っていると、シャツの胸ポケットから紙が出てくる。

「あ、私の護符ですね。どうして持ってるんですか?」

 出てきた紙を眺めていると、ユリアが気付いて口を開く。

 それはカーター教授の持っていた護符だった。胸ポケットに入れたまま忘れていた。これが最後の守りとなって、悪魔の攻撃から彼をギリギリで守ってくれていたのだろう。

「あなた、いつ祝福をされたんですか? 護符を施した人から直接受けなければ効果はないのですが・・・・・・」

 首を傾げるヘンリーに、街中でユリアと会った際に祝福を受けたことを思い出す。恐らくその時だろう。そう話すと、ヘンリーは「まさに奇跡ですね」と声を上げて笑った。

「つまり、この護符はちゃんと効いてたってことだな。借りを作ったな、シスター」

 ルーヴィックがユリアに頭を下げると、彼女は本当にうれしそうに頷き、涙が目から溢れる。

 ずっと心配だった。自分が作った護符のせいでカーター教授が死んだのではないかと。自分の能力を過信したせいで、招いたのではないか、と。ただ護符はちゃんと効果があったのだ。カーター教授が亡くなったことに変わりはない。それでも、ほんの少しだけ彼女の心が軽くなる。それに、自分の護符で守られた命もあった。自分にも誰かを守れるのだと、思わせてくれた。


「それで、本気で行く気ですか?」

「エクソシストだからな。それに、門の開放を阻止できなきゃ、どのみち終わりだ」

 ヘンリーは諦めたように首を振ると、テーブルの上の薬瓶をルーヴィックに手渡す。

「今のあなたは、薬のおかげで動けているだけです。直に薬が切れると思うので、痛み止めを渡しておきます」

 それを乱暴に受け取ると、道具箱に押し込める。

「では、相棒の再結成ですね」

「お前を相棒にした覚えは一度もないけどな」

「私も!」

 ニコニコするヘンリーにルーヴィックは顔を顰めていると、ユリアが声を張る。

「私も、行きます!」

 決意に満ちたユリアの表情に、2人は顔を見合わせる。

「ユリアさん。お気持ちは分かりますが、ここから先はプロに任せてください」

「私もプロです! アントニー神父は私の親も同然の人でした。無念を晴らしたい。私もお役に立ちます」

 ユリアはアントニーの持っていたストラ(レリック)を掴んで言う。決心は変わりそうにない。困ったと、ヘンリーはルーヴィックを見ると彼は小さくため息を吐く。

「命の保証はないし、子守りをするつもりもない。だが今は、戦力が必要だ。もし足手まといになるようなら、悪魔どものエサになってもらう。だから死ぬ気で戦えよ」

 冷たい言葉に、ユリアは一瞬だけ躊躇するが、それでも力強く頷いた。

「なら好きにしろ。だが、まずは地獄の門の場所を探すところからだ」

 ルーヴィックの言葉にヘンリーが「あー」と割り込む。

「その点については問題ありませんよ。そろそろ、分かるはずですから」

 そう言っていると、ノックの音。

「タイミングばっちりですね」

 そう言って、扉を開けるとそこには下宿を管理する老婆と、でっぷりと腹の出た紳士が立っている。

「これはこれは、負け犬の皆さん。目を覚ましたようで何より」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る