雨中の古賀志林道

 昨年のジャパンカップ観戦の事はこのエッセイにも入れた。

 あれから1年。はや!

 現場の熱が恋しくなり、再び会場へ。


 当日の天気は予報通り、しっかりとした雨。レースはより厳しいものになる事が予想された。

 こんな悪天候でも、こんなに観客は集まるものなんだとビックリ。

 冷たい雨に打たれながら、人々は熱い声援を送り続けた。


 日本に観光に来るついでにレースを走る、なんて事は全然なくて、ワールドチームも最初から本気の戦いを繰り広げた。


 2年前と3年前に世界チャンピオンを勝ち取ったアラフィリップが1人果敢に逃げ続ける。

 古賀志林道もアウターのまま駆け抜ける彼のパフォーマンスに会場が沸いていた。結構走ってる人だって一番軽いギアに入れないと上れないような坂を重いギアのままダンシングでグイグイ上っていくんだ。


「アラフィリップ〜!」って俺が叫んだら視線をくれたので舞い上がってしまった。

 ファンサービスにも感じられた逃げは、それだけではない事が次第に明らかになっていく。

 本気の戦いがそこにはあった。


 雨の中だと選手を識別しにくい。選手達もチームウェアの上に黒のウインドブレーカーやベストを着用してたりするから分かりづらい。応援したい選手もだいぶ見逃してしまって名前を呼べなかった。


 周回コースを13周する134キロのレースだったんだけど、速い展開に1周目から集団が分裂。

 海外チームの本気の戦いに日本選手達は苦戦を強いられた。

 勝負に絡めそうな集団に日本人は誰も入っていないように見受けられた。


 レース後半。それまで気が付かなかったのだけどよく見るとパンツに「Aisan」の文字が入った選手が1人前方の集団に残っているではないか!

「Aisan」は日本人ばかりのコンチネンタルチームだ。

 誰? 

 靴下に目が行く。なんと、ピンクソックス君じゃないか!


 同じチームの選手って同じ格好をしてるから見分けづらいんだけど、彼はいつもピンクのソックスを履いているから分かりやすい。

 雨のせいで鮮やかなピンクは影を潜めているけど、あれはピンクソックスだ。


 ちょっとでも関わりがあった選手が活躍してると自慢したくなっちゃうんだ。ちょっとだけいいかな。



 何年も前の話だけど、マウンテンバイクの強化合宿の時に一度、彼と一緒だった事があるんだ。

 まだ彼は中学生か高校生で、始めたばかりだったかもしれないけど、強化選手になって初めてこういう合宿に参加したんだと思う。


 一番年下で、純朴で天然な感じで、いじられキャラだったな。

 ウェイトトレーニングをやった時に3人1組になって、その時同じグループになったんだ。

 スクワットをやったんだけど、彼はやった事なかったみたいでヨレヨレでさ。バーが傾いちゃって真っ直ぐに挙げられない。

 オイオイオイ、しっかりやれよって感じで、色々教えてあげたんだぜ。


 その後、彼は自転車の名門大学に入ってトラックとロードで活躍するようになって、卒業後に愛三工業レーシングチームに入った。

 ゴール勝負に強いスプリンターとして名を馳せていて、大きな大会で何回も優勝している。

 上りの厳しいレースでは優勝候補には上がってこなかったんだけど、昨年のこの大会でも密かに結構いいリザルトを残していた。


 今回はこの上りの厳しい海外のプロが作る高速レースで、唯一前方でレース展開していけた日本選手がピンクソックス君だった事は、多くの人達に中々の驚きを与えてくれたようだ。


 優勝争いにこそ加われなかったものの、数々のワールドチームの選手達と互角に勝負した事に大きな賞賛が与えられた。

 この活躍は嬉しかったな。


 何キロも続く上りは得意ではないけれど、この古賀志林道のような1キロ位の上りならギリギリ我慢出来るとインタビューで答えていた。

 このレースの好走も1つの大きなキッカケになりそうだし、まだまだピンクソックス君の才能が開花しそうな気がする。


 あの時のスクワットが少しは力になってるかな。俺がタッチした事は覚えているか?


 立派になったものだ。インタビューにもしっかりと答えている。

 だけど、何か少しはにかんだオドオドした感じがあの頃のままだから、俺はちょっと笑ってしまうんだな。



 一方、ワールドチームで走る期待のユキヤは1周目から前の集団にチーム員を送り込めず、厳しい戦いを余儀なくされた。

 それでも、チーム員を勝負出来る集団まで引き連れていった力。

 そこで力を使いきってしまって自らは脱落してしまったけれど、アシストだけに終わらずに、しっかりと走り切る所をみせてくれた。



 古賀志林道で選手達の走りに熱狂し、現場ではあまり分からなかったレース展開を後でテレビを観ながらなるほどと思う。


 レース後のインタビュー、ユキヤを見てと感じた。

 いつもにこやかでフレンドリーな彼からは時々他の選手からは感じられない怖さを感じる。

 最初に前の集団にチーム員を入れる事が出来なかったミスに自ら憤りを感じていたのだと思う。

 彼がいかに真剣に真髄にレースに取り組んでいるのかをまた垣間見たように思った。


 寒い雨の中の厳しいレースとなったけれど、力と力がぶつかり合う面白い良いレースだったなと思う。


 会場ではかつての名選手が選手以外の仕事をしていたり、観客となって観戦していたり。

 懐かしい人達とお会い出来るのも嬉しかった。


 また来年も行きたくなっちゃうな〜。

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