全日本MTB観戦 ②偉大な母達 その2
うわっ! 書けねぇ〜。
三人目の事を書こうと思ってた朝、FBにこんな投稿が入ってた。
【この1年小林あか里と言う選手の側に居たけれど、「娘」と「選手」の狭間で、「母」と「コーチ」が揺れ動いていた。全日本選手権は、コースディレクターとして、あの場に立っていた。落車の一報が入った時、私はコースと他の選手の安全を守らなければならなかった。正直、辛いとしか言いようがなかったけれど、娘が地元新聞社に語ったのは「レースに勝つために私は走る」と言う強い言葉。あぁ、しっかり私を越えたのね~。嬉しかった。やれるだけ、やればいい。あなたには支えてくださる方々が大勢居て、私にもどんな状況でも助けてくれる仲間が居てくれる。やっぱりスポーツは素敵! マウンテンバイク、最高だよ!】
これを見ちゃったら、俺は薄っぺらな事しか書けない気がして、書かない方がいいかな? とも考えた。
だけどやっぱり書いてみたい。俺なりに。
☆
「好きなものは何?」
その質問に僅か三歳の少女は答えた。
「林道!」と。
お父さんの背中に背負われて、MTBで走っているんだね。
それはカナちゃんに二人目の女の子が産まれた数ヶ月後に、お家にお邪魔した時の事だった。
もうカナちゃんはてんてこ舞いさ。下の子にお乳をあげると、少女は自分も構ってほしい〜ってまとわりついていくし、ひとときも目が離せないって感じ。
母親って大変だなってつくづく思った。
この少女はこの世に産まれ出てくる前に、既にワールドカップのコースを走っていたんだぜ!
お母さんのお腹の中で。
カナちゃんは俺の事を先輩呼ばわりするけれど。
確かに俺の方が歳を食ってるけど、MTBに関してはカナちゃんの方が大先輩だ。
俺はロードからの転向で、その時カナちゃんは日本のチャンピオンだったからな。
俺が初出場だったMTB世界選は衝撃的だった。
それまでにカナちゃんとは日本のレースでは何回か対戦していて、まあ全然勝てなかったけど、それ程大きな差は感じていなかったんだ。
ところが世界のコースを走って、カナちゃんとの差を思い知らされた。
日本とはまるで違うMTBレースとあの熱狂!
そこを走って俺はこの競技にどっぷりとハマった。
カナちゃんは初めてMTBがオリンピック種目になったアトランタの日本代表選手だ。
その後、俺もワールドカップを回り始めた。
シドニーオリンピックの前年は日本の出場枠をとる為に、少しでもワールドカップポイントを獲得する事が必要だったから、二人共全戦を回ったっけ。
その大切な初戦で二人共ボロボロでポイントも取れず、レースが終わって一緒に涙したよな。
結局日本の女子は一人出場出来る事になったんだけど、二人共出場する事は出来なかった。
シドニーが終わって、俺はペンションを始め、その後カナちゃんは母親になった。
二人共、MTBに対する取り組み方は変わったけれど、母親になってレースに復帰してきたカナちゃんには以前と全く変わらないものがあった。
その行動力と、レースへの意気込み、レース中の集中力。
それは凄まじいものだった。
ゴールして倒れ込んで、このまま死んじゃうんじゃないか? って思うような事も何度もあった。
おい、そんなにムリするなよ。
俺はそう言いたかったけれど、それがアイツの生き様だから、何も言えねぇって思い直した。
何度もバトルしたよな。きつかったぜ。
俺がMTBレースを走らなくなってからも彼女は頑張り続けて、再び日本チャンピオンにも輝いた。そして裏方に回る事も多くなっていった。
裏の事は、多くは知らないけれど、東京オリンピックの話が持ち込まれるずっとずっと前から、修善寺のコースでイベントを開催したり、東京オリンピックの裏で汗を流し、この全日本開催の為にも多くの時間と労力を費やしていた事位は知っている。
☆
さて、ようやく話は全日本だ。
雨の中、スタートラインに並んだ女子選手達。エリートとU23は混合レースで、順位は別々に与えられる。
カナちゃんの娘、アカリの姿がそこにある。
この世に産まれ出てくる前に、お母さんのお腹の中で既にワールドカップのコースを走っていたあの少女だ。
まだ彼女が中学生の頃かな。
中学生はスタート時間が早いし、俺は自分のレースがあるから殆ど見る事は出来なかったんだけど、あるレースでホテルの窓から結構コースが見渡せた事があってさ。
距離も長くて、かなり急な上り坂。男女混合レースで先頭の方の選手もみんなバイクを押し出したんだ。そこを一人乗車していく選手がいてさ。それがアカリだっていうのはすぐに分かった。男子もみんな押してるんだぜ。カッコよかったな。
あまりクローズアップされてなかったけど、彼女は楽しみだなってすごく思ってた。
彼女がジュニアに上がってからのレース、最近も映像では走る姿を見ていたけれど、ワールドを走るようになってから現場で見るのは初めてだった。
綺麗な脚と走れそうな身体をしている。
スタートして程なく、アカリの独走となった。
このレースで彼女のライバルとなるかもしれない二人の選手が体調不良や怪我で出場できなかった。
レースとしては少し面白みに欠けるけれど、各々の選手がどんな走りを見せてくれるのかが楽しみだ。
アカリは後続との差をグイグイと広げて、一周目の後半を迎えていた。
「枯山水」
カーブしながら敷き詰められた大きな岩を繋いで下っていく見せ場。降り続く雨によってスリッピーになった岩が牙を剥く。
アカリが現れた。安定した乗車は流石、ワールドカッパーだと唸らせる。
しかし次の瞬間。
前輪が滑ったのか、前のめりに彼女の身体がバイクと共に宙を舞った。
嫌な転び方だった。
少し遠目でそれを見ていた俺は慌ててコースロープまで歩み寄った。
少しの間、動かないアカリ。大丈夫なのか?
「救護、救護!」と言う声も響く。
そんな中、アカリはゆっくりと立ち上がり、前に進もうとした。
少しおぼつかない足取りでバイクを押しながら下ってくる。
少し口を開き、その口からは血が流れている。
歯を折って指も痛めたらしい。
「アカリ、大丈夫か? ゆっくり、ゆっくり」
俺はコース脇からそう言った。
聞こえているのか分からないけれど、咄嗟にもっと気の利いた言葉が浮かんでこない事が残念だった。
彼女は表情を変えずにバイクに跨り、そのまま走り去った。
彼女は大丈夫なのか?
しっかりと集中した目と、しっかりとした足取りでアカリは走り続けた。
そして、後続を大きく引き離して大きなガッツポーズを決めてゴールした。
強かった。
☆
応援している選手が来るはずの時にやってこない。待てども待てどもやってこない時、ドッと不安が押し寄せる。
パンクしたんだろ? って言い聞かせる。
この時程、機材トラブルを願う事はない。
それが自分の血を分けた子であったなら?
冒頭に書いたカナちゃんの気持ちはどれほど辛い物だったろうって思う。
それでもそんな風に前を向ける二人。
カナコとアカリは強い。
誰もがそう思うよな。
でも強いだけじゃなくて、二人が繊細な心、かよわい心を持っている事も俺は少しだけ知っている。
「やれるだけ、やればいい」と母は言う。
俺はこの二人には何も言えねぇ。
でも心の中で言う。
「アカリ、その可愛い顔をこれ以上傷つけるなよ。そして二人とも無理するなよ」と。
この二人にとっては野暮な言葉かも知れないけどな。
☆
三人の偉大な母達の事を書きながら、昔の色んな事が思い出されて、何だかツーンときたぜ。
そうだ、最後に一つ、俺の頭に‥‥‥
ある意味ワガママな三人の母達がイキイキと過ごせている。
浮かんできたのはその裏で偉大な父達が苦笑している姿‥‥‥。
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