乗鞍ヒルクライム その③
ツラツラと少しマジメに書いてきてしまったので、乗鞍の締めは少し雰囲気を変えて、俺、
☆
2年間の空白を経て乗鞍ヒルクライムが帰ってきた。
受付は大会の前日。
様々なブースもしっかり出店されてる。
これだよ、これ!
大勢の参加者達が集まってきていて、テンションあがるぜ!
受付を済ませた頃、生憎の雨が降り出す。
天気が心配されていたけれど、予報ではどんどん快報に向かってきている。夜中にもう一度降りそうだけど、明日は大丈夫そうだ。
スタート地点の真横にある、毎年お世話になっているの最高のお宿でくつろぐ。お宿の超快適な露天風呂に入って準備を済ませて就寝だ。
今回のレース、俺達のスタート時刻は6時30分〜50分とされている。朝、早いんだ。
3時半起床。
携帯にメッセージが入っていた。昨夜は早く電源切ってたから、レース当日の朝、気がついた。
ミットからだった。
ほら、車坂峠ヒルクライムの優勝者で、あの時のエッセイに登場させてもらったミットだ。
女子の上位を狙っている選手達の間で「女子で集まってレースしよう」っていう話が出ているらしく、集合場所と時刻を教えてくれた。
「よければ一緒にどうでしょう?」って感じで。
おー、わざわざ連絡くれるなんて。ありがとな。
でもちょっと考えた。
たぶん、そこで集まって走る選手達はレベルが高い選手達だから、俺は長くは付いていけないんじゃないかな? って。
そこに食らい付いて、そこから離れて一人旅となるよりは、男子集団に上手く紛れ混んで、似たような力の選手達と一緒に走れたら、そっちの方が良いタイムが出るだろうなって思った。
今回はそのつもりだったし。
だけど、たぶん集まって走る女子だけじゃなくて、周りに男子もいるだろうから、彼女達と一緒にスタート出来るのはありがたいと思ったので、とりあえずそこに集合してみて、周りの状況を見て決めようと思った。
ん? 何か嫌な音がするぞ。
雨?
天気予報は前日より悪くなっていた。
スタート前に上がるかどうかって感じ。
路面も濡れているからアップは実走じゃなくてローラーだ。
スタート前に雨に濡れて待たなくちゃならないと辛い。
何とか上がりそうに思えた雨が、アップを終えて会場に行こうと思った時に強まってきた。
準備にちょっと手間取り、急いで検温場所に行く。今回は検温を済ませてからスタート地点に向かわなければならない。
うわっ! こんなに並んでるのかよ。
これはちょっと予想外だった。ミットが教えてくれた集合時間に間に合わないかもしれない。
しかもレースを走る薄着の格好で雨に打たれて並ぶなんて、身体がどんどん冷えていく。
でもこれは仕方ない‥‥‥
検温を終えたのは、ちょうど俺達のスタート時間になった頃。
20分間の中で好きなタイミングでスタートすれば良い。
女子選手達も屋根がある場所に集まっていた。出走のタイミングを見計らっているようだ。
その場所に行き、挨拶を交わす。
俺はこれ以上身体を冷やしたくなかったから早くスタートしたかった。
もう行きましょうって感じで俺は動き出した。
スタート地点。
えっ?
この時間内にスタートする選手が450人位いるはずだから、順次スタートして行く人が流れていると思っていたのに、ぜ〜んぜん、人、いねえ〜⁉︎
何人かスタート地点に人がいて、横で係の人が「どうぞ、スタートして下さい〜!」って言ってる。
きっと多くの選手達は6時半のスタートの合図と共にスタートを切っていったのだろう。
さすがに戸惑って、ゲートを前に一旦止まる。他の女子選手達も後ろに続いてきているし、もう待つのは嫌だと思ってスタートを切った。
想定とは違ったけれど、マイペースで行けば問題ないと腹を括る。
キコちゃんが出場してくる前までは、いつもそうやって先頭を走ってきた。
その感覚と同じようにペースを刻んでいく。
少し行くとエルが先頭に出てきてくれた。
ここで先頭に出てレースのペースを作っていくのを嫌う選手は多いと思うけど、エルはそういう事をやっていく選手だ。
頼もしいなと思いながら、俺は下がっていく。下がり過ぎないように力をセーブ出来そうな位置に潜り込む。
完全にここにいる女子だけのレースになった。
各々のタイミングでスタートした女子選手は沢山いるけれど、ここはここだけでレースしているような感覚だった。十数人の選手達。
ここで前方に位置し、ローテーションに加われている選手達は力のある選手達だ。
力が無ければこのローテーションには加われない。
ミットもしっかりと先頭を引いている。乗鞍で先頭を引くって初めてだろ? 殆どの選手はその経験が無いはずなんだ。
俺はこのローテには加われないなと判断して、出来るだけ付いていけそうな場所を確保しながら走っていた。
3年前、4年前はもっとギリギリの感じで付いていたけれど、今回はそこまでギリギリでは無い。
鈴蘭橋という少し平坦になる所でペースアップがあった。
そこは離れるわけにいかない所だ。踏ん張る。
少し無理をしたので、そこからはかなりキツかったけれど、スタートから十分強の間、そこで走れていた時間は幸せだった。
この集団は心地良かった。女子だけでこんな風に走れるんだ。
俺が位置を少し下げた時に「前、入りますか?」って言ってくれた人がいた。
「結構きつい」って前に入ってもらって、お礼も言えた。そんなちょっとしたやりとりも嬉しかった。
前にいるのは7人か8人。これ以上付いていったら急失速すると思った所で走りを切り替える。
残念だけど仕方ない。
俺の後ろは? 全然いねえ〜。
先頭集団が見えている間、そこから溢れていく選手はいなかった。
そこからはほぼほぼ一人旅となった。
先頭集団で走っている時も、そこから遅れてからも、走っている感覚は悪くない。
今日は調子いいかも!
付けているパワーメーターは全く見てないけれど、2つのチェックポイントとゴールではラップタイムを取るようにしている。
最初のチェックポイントで少しワクワクしながらメーターを見る。
なんだ〜、こんなもんか。
目標よりかなり遅い。
まっ、仕方ない。
タイムはタイムで取っておけばいいや、と自分の走りに集中する。
ムダに苦しむなよ。バイクを前に前に進める感覚で行くんだ!
落ちそうになるペースに
優勝争いしている選手達はもっと苦しんでるぜ。負けるなよ!
心の声が自分を鼓舞する。
先にスタートした選手をちょくちょく抜いていく形になるんだけど、その中には女子も何人かいる。
自分も苦しいし、いちいち声は掛けないけれど、心の中で声を掛けて抜いていく。
「頑張ろうな」と。
2つ目のチェックポイントを越えてしばらく走っていると前方に見慣れたウェアが見えてきた。
美ヶ原で競り合ったバタが苦しそうに走っていた。たぶん先にスタートしていたんだろうけれど、勢いがない。
ここは追い抜きざまに声を掛ける。
「バタ」
「頑張って下さい」なんて言いやがる。
「頑張ろう」と声を掛け直す。
必死に付いてこようとする息遣いを感じながら、俺自身の頑張りを誓う。
今ここで走っているみんな。バラバラになっていても、各々が自分自身と必死に戦っている。
俺もその中の1人。
最後まで全力を尽くし、ゴールラインを越える。
3ヶ所でラップを取る時、メーターをチラ見してるから、タイムが良くない事は分かっていた。
だけど、今の力は出し切れたなと思った。
ゴール地点は狭いので、選手達はそこで止まらず、そのまま緩い下りを少し走って待機場に行く事になっている。
ほんの少しだけクールダウン出来るんだ。
その時、下山に向かうキコちゃんの姿が目に入った。
もう下るのかよ? どうだったんだろう? と気になったけど、すれ違っただけで声を掛ける事は出来なかった。
キコちゃんも俺に気づいていたと思う。
毎年そうなんだけど、最後、広場に向かってほんの少し上らなきゃならなくて。
出し切った後だから笑っちゃうぐらいエッチラオッチラ上って、ゴールした選手達が集まっている広場に出る。
遅れちゃったけど、俺も今ゴールしたぜ〜。って声にはしないけど。
知っている顔を探す。
最初に見つけたのはミットだったと思う。
「どうだった?」
レースの事、多くを語り合うわけじゃないけど、今の気持ちを共有できている感じ。
お互いよく頑張ったよな。
ハグだ。ハグ!
優勝したのはモトッチだって情報が入る。
前回の大会で、ラスト1キロまでエルに食らい付いて素晴らしい記録で準優勝した選手だ。
彼女は家の近くでレースがあった時にペンションに寄ってくれた事がある。
ちっちゃくて細くて可愛いのに、ヒルクライムは超っ速なんだ。
噂をしている所に本人が現れる。
ハグだ。ハグ!
練習、すごく頑張ってやってきたんだろうな。
もうめちゃくちゃギューってしたかったけど、軽くにしといたぜ。
ラスト7〜8キロで3人の中からアタックして独走優勝だって。
カッコいい! おめでとう!
走り終えた選手達。
様々な顔がある。
色んな思いが今年も聖地に舞っていく。
耳をすましてごらん?
そこには色んなメッセージが隠れているはずだから。
振り返ってごらん?
あの時、気づかなかったメッセージが、今舞い降りてくるかもしれないから。
のりくらありがとう!
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