ポガちゃん

 2022年ツール・ド・フランス。

 三週間に渡る激戦は幕を閉じた。


 毎日毎日素晴らしい戦いの連続で、アシスト達の活躍にも酔いしれたけれど、この三人は本当に凄かった!

 総合三位までの表彰の後に、四賞の表彰があり、三人の選手が壇上に上がった。(今回は実名で書きます)


 マイヨジョーヌ(個人総合成績):ヴィンゲゴー

 マイヨヴェール(ポイント賞):ファンアールト

 マイヨアポワ(山岳賞):ヴィンゲゴー

 マイヨブラン(ヤングライダー賞): ポガチャル


 この三人の走りは正に規格外だった。ツールの概念を覆すような走りをして沸かせてくれた。

 それぞれの持ち味を余す事無く、全力で戦った熾烈な三週間だった。

 ハイライトやツールの裏話など、まだこれからも放映されるのでご視聴お薦めします!

 この強烈な三人は、三人共が漫画かフィクション小説の主人公になってしまいそうな人物だ。


 その中でも私が書きたいのは、やっぱりポガちゃんだな〜。



 今から二年前の2020年のツール・ド・フランス。ポガちゃんが総合優勝するなんて誰が予想しただろう。

 当時二十一歳の若者。ツール初出場を喜び、チームメイトのステージ優勝に大はしゃぎしていたポガちゃん。

 彼自身のツール初のステージ優勝で、一番驚いていたのは本人であるかのようなゴールシーンは印象的だった。有力選手達を置き去りにゴール勝負で先着したポガちゃんは、思わず両手でヘルメットを抑え「信じられない」のゼスチャー。


 確かに強い新人っていう前評判はあったみたいだけど、多くの人達は彼の名前さえ知らなかった。

 強い走り、屈託のない笑顔とオチャメな仕草。何よりも自転車が大好きでレースを楽しんでいるように見える姿に「あの子は何者?」と一気に世界中の注目を浴びるようになった。

 ヘルメットの穴から髪の毛が飛び出していて、普通ならかっこ悪く見えるのに、何とも愛らしく、それが彼のトレードマークになった。


 ポガちゃんはあの三週間で大化けした。あれよあれよという間に総合二位に躍進していたポガちゃんは、最終日前日のタイムトライアルでまさかの大逆転劇をやってのけ、まさかまさかの総合優勝に輝いたのだった。


 彼の口から出てくるのはいつもチームへの感謝の言葉。偉大な先輩達や戦友達へのリスペクトの気持ちは素直に動作や言葉に現れていて、決して驕り高ぶった様子はない。

 インタビューにもしっかり答えていたけれど、その前年に初出場したグランツール「ブエルタ・ア・エスパーニャ」では、会見慣れしていなかったせいか、ほとんど「はい」か「いいえ」でしか答えられなかったらしい。もしくは、ぽかん、としたまま黙り込んでしまうような初々しい少年だったらしい。可愛いな。


 誰からも愛されるニューヒーローの誕生。

 それはまるで漫画か、フィクション小説の主人公が飛び出してきたかのような幕開けだった。



 それから一年後の昨年2021年はポガちゃんの圧勝だった。いつも期待以上の走りをやってのけ、強烈な強さを見せつけた。まだ二十二歳。ポガちゃんの時代は何年続くのだろうかと言われた。



 そして今年。大本命はやはりポガちゃんだった。一日で終わるワンデーレースと三週間も走り続けるステージレースでは活躍する選手が異なる事が多いのだけれど、ポガちゃんは格式の高いワンデーレースでも、春先の短いステージレースでも圧巻の走りで優勝し、調子の良さを見せつけていた。


 ツールが始まってみれば、前評判は高いのに、それでも期待以上の走りをしてしまうポガちゃん。

 三週間も続くレースだというのに初めから全開! 力を溜めておくなんて事を知らないように、スプリントでもがき、相手より一秒でも早いゴールを目指す。

「僕にとってはレースはゲームみたいなもの」というような彼の言葉を聞いた事がある。

 本能のままの命懸けのゲームの積み重ね。ポガちゃんにとっては、ブレーキを掛ける事の方が疲れる事なのかもしれない。


 そうは言っても、ポガちゃんはとてもクレバーな選手だと思う。無茶はしないし、転ばない。転ばないのは運が良いだけでなく、テクニックもあるし集団内の位置どりも凄く上手だ。チーム員とは上手く協調するけれど、頼る事なく自分でバンバン動ける。

 自分自身の事をちゃんと分かっていながらの、他人からは無謀に見える無謀でない走りをしているんだと思う。


 本格的な山岳ステージが始まる前に一週目で早くも総合リーダーの黄色いマイヨに身にまとったポガちゃん。

 これが三週間持つのか? という声も聞こえてくるけれど、いつも期待以上の走りをしてくるのがポガちゃんだ。


 しかーし!

 二週目の厳しい山岳ステージで波乱が起きた。

 今年のユンボ(チーム名)はチーム力がすこぶる高い。アシスト選手が全て遅れてしまったポガちゃんに対して昨年総合二位になったヴィンゲゴーがエースのユンボはチームで総攻撃してくる。それに対して、攻撃は最大の防御なりとばかりに自ら攻撃していくポガちゃん。

 チームで総攻撃してもポガちゃん一人の力で抜きん出てしまうのか、そう思えるような走りが続いていたが、その日最後の山で崩れたのだった。

 最後の山でのヴィンゲゴーのアタックに、あまりにも前半から動き過ぎたポガちゃんは付いて行けず、その日に総合リーダーが逆転。ここで総合タイムで二分以上の遅れをとる形になった。


 それでもポガちゃんはゴール後に勝者を讃え、にこやかにヤングライダー賞の表彰を受け、「今日三分差を付けられたなら、明日三分の差をつけてやる」と強気の発言。

 翌日からもポガちゃんらしく、ヘルメットから髪は飛び出し、一秒でもタイムを稼ぐべく毎日全力で攻撃を仕掛けていった。


 三週目の最後の山岳決戦はこれまた凄かった。ポガちゃんは攻め続けるし、ヴィンゲゴーは決して遅れない。ピンチになれば助けてくれるこの上なく頼もしいウルトラマンのようなファンアールトの助けも得て、最後には水を得た魚のように解き放たれ、ポガちゃんとのタイム差を更に広げた。(このヴィンゲゴーは四年前までは魚市場で働きながら自転車に乗っていたという話が話題になっていた)


 この二人の戦いにはハラハラし通しで、現にこの山岳の下りでヴィンゲゴーは危うく大落車しそうになっていたし(上手く立て直して転ばなかった)、あの落車をしないポガちゃんは道路脇の砂利の方にオーバーランして転んでしまっている。すぐに立ち上がって再スタート出来たけれど、心身共にノーダメージなんて事はない。

 二人共そこまでギリギリの戦いをしていた。


 結果、最後まで攻め続けたポガちゃんは更にヴィンゲゴーに差を広げられての総合二位で今年のツールを終えた。二十五歳以下の選手が対象となるヤングライダー賞の白いジャージは三年連続で獲得し、まだ来年もその資格はあるのだけれど。


 ポガちゃんの言葉に

「『勝てなかったら失望する』のではなく、『勝ちにトライする動きができなかったら失望する』」

 というものがある。

 例えば、チームが凄く強くてポガちゃんはただただ守られて、総合優勝したとしても嬉しくはないんじゃないかな。

 全力を尽くして勝ちにトライする。勝てる事が確実なら更に強くてカッコいい勝ち方にトライする。

 今のポガちゃんにという姿勢は全く似合わない。


 四賞の表彰台に上った三人、本当にカッコよかった!


 ★


 ここからはフィクション。


 ヘルメットから飛び出ているポガちゃんの髪の毛に注目してみると面白いぜ。

 ポガちゃんはレースが始まる前、鏡を見て、ちゃんと髪が出ないようにヘルメットを被るんだ。

 だけど、スタート地点で既に髪が飛び出してしまっている時は、鼻息荒いって事。そしてレース中に気持ちが高まってくると髪がどんどん飛び出してきちゃうんだ。すっごく気持ちが高まって、力を出し切ってゴールした時はピョンピョン髪が飛び出しているぜ!

 快心の勝利をあげる事になれば、全ての穴から飛び出しているはずだ!


 それから、サングラスしてるから分からないだけで、目の色も変わるんだぜ。普段は薄いブルーの澄んだ目をしてるけど、レース中に燃えてくると黄色になって、ここだ! って時は真っ赤に燃えるんだ。

 ゴールして落ち着くとまた普段の薄いブルーに戻るんだけど、それまでサングラスは外せない。

 ポガちゃんって表彰台でいっつも眩しそうに目をシバシバさせているだろ? たぶん目の熱が中々冷めずに痛いんだと思うよ。


 ツールは終わったけれど、次はどんな必殺技を持って登場してくるのか、これからのポガちゃんの走りが楽しみでしょうがないぜ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る