第20話 ホモの吐息の価値

「あ、冴香おはよ」

「今は昼だよ?」

「あ、そうだった。こんにちは~、だねぇ」


 足摺冴香。今日も黒髪ロングの清楚女子。だが俺は彼女の内面を知っている。


「昨日お寺に行ったんだけどね、その、菩薩さまがいなくて」

「え、別にいいじゃん」


 即答する鵲さん。

 いや鵲さん、あんたこの人の友達ですよね。この人が信じられないくらい特殊な理由で信心深いこと知ってますよね。なんせ自分のことを菩薩って言ってるくらいだから、即答されたら相当傷ついちゃうと思うんですがね。


「別にいいんだけど……」


 傷つかんのかいっ


「代わりにんだ……さすがに気持ち悪くて、境内でゲロ吐いちゃった。でね、」

「え、キタナ~」


 ちょっと待て鵲さん、さっきから即答が過ぎるぞ。確かにだ、確かに裸の男が本来仏像の安置されている位置に存在するのは恐怖だ。ホモの俺だってゲロ吐く自信がある。だからって、「汚い」の一言でサラッと済ませるのは、さすがに傷つくだろ。


「私のゲロはキレイキレイだよ」


「何で石鹸みたいに言ってんだ!」


「あ、切幡くん。こんにちは」


 にこにこしながら、恭しくお辞儀する。だがもはや取り戻せない印象。当たり前だ。


「で、鈴音に頼みに来たんだ。お寺が掃除代金として4,000円払うように要求してて。私ってそんなお金ないっていうか」

「いやあるじゃん、そこまで貧乏じゃないでしょ」


 同意。


「それはさ、誰を基準に考えるかが問題だと思わない? 鈴音基準だと私の世帯収入なんてイモムシの糞みたいなレベルだから」


 立派に働いてるご両親に謝れ!


「たしかにね。そう考えたら冴香が40,000円払うのカワイソウ」


 あの、……ゼロが1個多いっすよ、お金持ちさん。


「かといって、最近流行りのホモ更生チャレンジはしたくないよ。だってほら、切幡くんとかめっちゃいい人だから、一概にホモ=悪っていう思想はNGかなって」


 天使かよ!


「時代を考えなきゃ~。ホモ=悪ってみなして全然OKなんじゃない?」


 お前は悪魔だな!


「ねぇねぇ切幡くぅん……1日中セックスしようよぉ~」


 甘ったるい声で、俺の手をカップル手つなぎしてくる。柔らかい肌、甘い吐息。

 たくましくて少々汗臭いガチムチ男が恋しいよ……♡


「ねぇねぇ切幡くん、……2日中セックスでもいいと思うかも……」

「何ドキドキしてんだあんたは! 1秒たりともしねぇよそんなの!」

「え、最低」

「あんたの頭の中が最低なんだよ」

「それを言うならホモの切幡くんの頭も最低だよね」

「うっせえ!」


 思わず大声を出す。


「あ、ホモウイルスが飛散してる……吸お♡」

「とんでもないアホだな鵲さん!」


 と、


「え、ちょっと足摺さん? 何、やられてるんですか?」

「私も吸おうかなって思って。なんかご利益ありそうだし」

「ねーよ!」

「あるかもしれないよ。世界が動いたのって、微小な可能性を信じて行動した人たちのおかげなんだよ? 私もそういう人になりたいな」

「だったらなおさら俺の吐息を吸うとかいう奇行はやめろよ……」

「嫌、って言ったら?」


 突如として真剣な眼差し。その輝く瞳に冗談めいた雰囲気はなく、汚れなき本物の清楚女子に見えてくる。


「その……」

「私が切幡くんの吐息を吸うのを、切幡くんが止める理由なんてないんだよ。だって、人間は空気をシェアしてるんだから」

「うっ」

「空気に値段でもつける? そもそも切幡くんの吐息って1円の価値もないよ?」

「ひっどいな!」


 瞳が真剣すぎて、俺スゲー怒られてるカンジなんだけど。でも冷静に考えて俺は悪くない。他人の吐息を吸うことのほうが、よっぽど有罪寄りだ。


「冴香、酷い。そんな怒らなくても。男の子って落ち込んだら性欲なくなるんだよ? つまりわたしのマ●コも尻穴もペロペロしてくれないわけで」

「通常状態でもそんなことしねぇよ!」

「え、……それホント?」

「驚いてんじゃねーよ変態!」

「ば、罵倒好きぃ♡」


 鵲さんはその場に倒れ伏した。髪の毛が床に広がっている。


「切幡くんの吐息、このビニール袋に入れてもいいかな」


 突如、意味不明な言葉とともに、ビニール袋を持ち出す足摺さん。


「なんで」

「神聖にして崇高なホモの吐息を、千手観世音菩薩さまに捧げるんだよ」

「真面目に言うことじゃねーぞ!」

「私はいたって真面目だよ!」

「うっ」


 きりっとした表情。揺るぎない瞳。そして、芯のある声。


「だから、切幡くんの吐息と唾液、このビニール袋に入れて?」

「しれっと増やしてんじゃねーよ!」





 結局、昼休みはバカみたいなことしか起こらなかった。ま、女どもがヤろうヤろう言ってきて最終的に俺の貞操を奪うことがなくて良かったかも。

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