第19話 鵲さん;脱ホモ能力保持者

 五月。うららかな陽光が窓辺から差す。新緑の萌える様子は活気を感じさせ、世界平和はもうすぐそこまで来ているように感じる。

 今は、昼休み。外では小鳥たちが楽しそうに鳴き交わし、中では……


「あの、切幡くん、だよね?」「切幡くん、私とセックスしない?」「わたしとしよ」「ウチと」「私と」「私の恋人になって!」「わたくしの鞭は今日も元気でしてよ?」


 俺が女の子たちに迫られている。ていうか、最後にちゃっかりしゃべってた花京院お嬢様。ちょっと黙ってろ。



 さて、俺にはモテ期が到来していた。すべては、アフリカで発生した「エイズウイルス変異株:やらないか株」のためだ。政府は「ホモを異性に目覚めさせたら最大100億あげま~す」という方針で、すでに9人が10~23億円を稼いだと報じられている。


「ねえホモ! 私とセックスしてよ、早くしないとお金なくなっちゃうから!」

「私とやって! 最近パパいなくて困ってるの!」

「私が先! お金を稼ぐためには何だって厭わないのがモットー!」

「わたくしに忠誠を誓えば、あの子経由で1億円を差し上げますわ? おーっほっほっほ」


 だから最後の花京院お嬢様! 今はあとにしてくれ。


「あのすいません皆さん、僕はホモですからあなた方には興味ないです」


 刹那


「ざけんな!」「カネのためなんだよ!」「今月もブランド品買って金欠なんだよ!」「私は子持ちでマジ苦しいんだ!」「働いたら負けなんだよ!」


 俺、絶対悪くないよな。てかさっきから最後のやつ、おかしいだろ。声的に花京院お嬢様じゃなかったぞ。


 モテ期はモテ期でも、目的が不純すぎて泣けるんだが……ぐすっ。


「おはよ~~」


 フラフラと眠そうに登場した鵲さん。あくびをしている。


「あ、鵲さん」「鵲さん、このホモをどうにかしない?」「このホモを一緒に目覚めさせない?」「このホモをデートに誘わない?」「このホモをデート商法に誘わない?」


 おい! さっきから最後のやつがおかしいんだよ! ホモはデート商法に釣られないんだよ! 理解しろ!


「だったらぁ、潮飲ませればいいんじゃなぁい?」


「ちょっと待て!」


 思わず声が出てしまった……絶対何もしゃべらないつもりだったのに……


「え、潮って何?」「なんかさ、おしっこのことらしいよ」「え? ハードル高すぎ」「お金欲しいけどさすがにそれは……」「だよね」「私には無理かも。でもお金も欲しいっていうね」「それな。なんとかしてお金だけでも」「マルチ商法勧誘にシフトしようかな」


 最後のやつ、悪徳商法から離れろ? 高校生で社会の闇に手を出すな?


 俺の周りから人が去っていく。まるで、湖面に落ちた水滴が描く波紋のごとく。

 しかし一人だけ、あたかも物理法則に反したかのように、にこにこしながら立っている女子がいる。


「鵲さん……」

「おはよ。昼だけど」

「なら、こんにちは、だろ」

「何してたと思う?」

「さあ。体調悪かったとか?」

「ちょっとマ●コに人参入れてみたら抜けなくなっちゃって、大変だったんだぁ」

「人参に謝れ!」

「ひっどぉ~。そこはさ、わたしのマ●コ心配してよー」


 この人こそ、俺を同性から異性に目覚めさせることが可能である者の一人だ。


「で、性器は大丈夫だったのか?」

「うん……やっぱ切幡くん優しいね。好き♡」

「流れが急すぎるぞ!」

「え、でもでも、切幡くんわたしのマ●コと尻穴とクチマ●コの心配してくれてるんでしょ? そりゃあ好きになっちゃうよぉ……ハァ、ハァ」

「都合よく増やしてんじゃねえよ! この変態が」

「はーいわたし、変態でぇす。おっぱい舐めて?」

「褒め言葉だったってこと忘れてたよ……チクショウ」


 この鵲鈴音という女子は、危険だ。なにせ、すぐにでも処女を卒業したい女だ。俺が襲われるのも時間の問題……


「あのさ、そういえば」

「ん? どうしたのホモ」

「いきなりかよ!」

「で、どうしたのジョシ」

「そこまでいってねぇよ」


 なんでこう、脇道に逸れるかな……


「それでさ」

「どうしたの切幡くん」

「処女を卒業したいんなら、俺みたいなホモじゃなくて普通の男子を誘惑すればいいんじゃないか?」

「え……」


 鵲さんは目を逸らし、もじもじし始め、手をスカートの前でいじり始めた。


「でもさぁ、やっぱりぃ、好きな人としたい、じゃん?」


 上目遣い!


「俺、上目遣いする女子が嫌いなんだよ。俺、受けだから、上目遣いする側なんだ」

「さすがはホモサピエンス様ぁ! ハァ……ハァ……しよ?」

「何をだよ! そうだよ忘れてたよ、あんたがホモ小説作家『ホモサピエンス』を好きだってこと! くっそ……」

「ついでに切幡くんも好きになってあげても……いいかな♡」


 え……照れてる……


「2万払ってくれれば好きになってあげても……いいかな♡」

「お前もカネかよ!」

「お金はあるほうがいいよ、わたしはお金持ちだけど、そう思う」

「俺の懐事情は考慮しねぇのかよ!」

「あ……そういえば切幡くん、ホームレスだったね。ごめん」

「違うってレベルじゃねーぞ!」

「ホーモレス?」

「……そうなりかけてるから、怖いんだよッ」

「ちょっとちょっと、わたしさっき『ホームレス』と『ホーモレス』を掛けたんだよ? 爆笑してよぉ、バカぁ」


 俺の二の腕をパシっ、と叩く。


「面白くなかったダジャレをもう一回報告して笑いを要求するとか、あんたメンタル強すぎるだろ!」

「てへッ」

「褒めてねえ!」


 ダメだ、らちが明かない。ホモ禁止になってる日本の惨状を忘れそうになるくらい、らちが明かない。


 そこへ


「あ、あのさ、切幡くん」


 黒髪ロングの清楚な女子(外ヅラのみ)が、てくてくやって来た。

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