第6話「戦はすでに始まっている」

〈からくり〉を持っている侍を雇う——


 ギサクのその提案に、村人のほぼ全員が唖然あぜんとしていた。


 ワカはハツをしっかりと支えつつも、〈からくり〉という単語に反応して、ギサクの次の言葉をじっと待ち受けていた。


 ハツは不敵な笑みを浮かべたまま――「面白いじゃないか」


「で? どこで雇うつもりだい?」

「ここから一番近い〈町〉で探してもらう。〈城〉に近すぎると、お上の目が厳しいだろうからな」

「同感だね。それで、誰に行かせるつもりだい?」

「イヅと、ワカだ」


 イヅがはっと息を呑んだが、ワカは驚いた様子はなかった。


「イヅ。お主は〈町〉のことも、〈城〉のことも知っているだろう?」

「それは、そうだけど……」

「だが、ワカは外の世界というものを知らん。しかし、目は確かだ。ワカならばきっと、村のために戦ってくれる侍が誰なのかを見極められるはずだ。そこでイヅ、お主がワカを〈町〉に連れていくのだ」

「そんなこと言われても……」


 イヅは崩れ落ちるようにぺたんと座り、膝の上で両手を強く握り込んだ。かすかに震えてるのを覆い隠すように、ハツの手が重ねられる。


「おばあ……」

「イヅ、おらからもお願いだ。ワカに外の世界を見せてやってくれないか?」


 イヅはぶん、と首を横に振った。


「……外なんて、嫌。それに、ワカをあんなところに連れて行きたくない。ワカは外のことなんて、知らなくていいの!」

「イヅ……」

「知ったら……きっと、ワカは傷つくもの」


 その時——二人の手の上に、また別の手が重なった。それはワカのもので、イヅをまっすぐに見つめている。


「イヅ、行こう」

「ワカ……」

「〈からくり〉に乗っているお侍さん、探しに行こう。イヅだって、ぼくの〈地走じばしり〉をオンボロって言ってたじゃない」

「あ、あれは……その、言葉のあやっていうか。でも、ちゃんと撃退してみせたじゃない!」

「運が良かっただけ。あのまま続けてたら、〈地走〉はもう動けなかったと思う」

「…………」

「もっと強い人と〈からくり〉を連れてこないと、みんな守れない」


 ぎゅっ、とワカの手に力がこもる。


 ハツは自分の手をゆっくりと引き抜き、ワカとイヅの手が重なるようにした。


 ワカの手の温もりに頬を染めつつも、イヅはゆっくりと口を開いた。


「——わかった。ワカ、あんたを〈町〉に連れてくわ。……これでいいんでしょ、爺様じさま?」

「うむ……すまんな」

「だったら、俺も手伝わないといけないな! 腕が鳴るぜ!」


 カシラは片腕で力こぶを、先ほどまでの雰囲気を吹き飛ばすような笑みを作ってみせた。


「カシラ、行ってくれるか」

「子供二人じゃあ、危ないでしょう。いくらワカの〈からくり〉があるとはいえ」

「……そうじゃった、忘れるところだった。ワカ、お主のあの〈からくり〉は、一体どうしたのだ?」

「林の中で見つけた」


 あっさりと答えたので、ギサクも次の言葉に困ったらしい。


「う、む。そうだな……あれで〈町〉まで乗っていくというのはできるのか?」

「修理しなくちゃいけないけど、ムクロが手伝ってくれるよ」

「げっ!」


 村人たちの中に隠れるようにしていたムクロが、肩を耳の高さにまで持ち上げる。そんな彼に、ギサクは見えないはずの目を差し向けていた。


「ムクロ、お主……」

「い、いやぁ。その、ワカに頼まれたから仕方なくだな……」


 深々とため息をつき——「仕方あるまい」


「では、ワカの〈からくり〉の修理が終わり次第、三人は〈町〉まで行ってもらうことにしよう。皆の者、異存はないな?」


 村人たちは不安と恐怖と困惑がない交ぜになった表情のまま、微妙にうなずいた。


「よし」とギサクが手を打つ。


「いつ、〈野盗やどり〉——いや、〈虚狼団ころうだん〉が来るかわからない状況、のんびりしている暇はない。三人が出かけている間は、わしらが村を守るのだという意識を持て」


 そしてギサクは息を吸い込み、ぐっと溜めてから口にした。


「戦はすでに始まっている」

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