第5話「〈からくり〉には〈からくり〉を」

 ワカが〈からくり〉に乗って〈野盗やどり〉を撃退したことは、あっという間に村中に広がった。普段から家にこもっている者が、怯えながらも様子を見に来るほどだった。


「すげぇな、ワカ!」

「スカッとしたよ!」

「一体、いつの間に〈からくり〉なんか造ってたんだ!?」

「違うよ。造ったんじゃなくて、見つけたの。あと、〈からくり〉じゃなくて〈地走じばしり〉っていうの」


 カシラを始め、ワカは村人たちにもみくちゃにされていた。


 その光景を遠巻きに眺め——イヅはつまらなさそうに石ころを蹴った。


「皆の者」


 重々しい声を発したのはギサクだ。眉間にきつくしわを寄せ、杖を握る手に力を込めている。


「そう、喜んでいる場合ではないぞ。奴らはきっとまた来る。カシラ、奴らは〈虚狼団ころうだん〉などと名乗っていたな?」

「あ、ああ。聞いたことがある。なんでも……」

「その話の続きは、わしの家でしよう。集まれる者は、できるだけ来てくれ」


 村人たちは不安げにしつつも、ギサクとカシラを先頭にぞろぞろとついていく。


 ワカは〈地走〉の頭部をぼうっと見上げていて——その手をイヅがむんずと掴み、問答無用で引っ張られていった。


     〇


「まずいことになったの」


 八畳ほどの広さの座敷ざしきの上で、開口一番、ギサクが言った。彼の家に入りきれなかった者は、外から様子をうかがっている。


 ギサクの隣であぐらを組んでいるカシラは、まず、拳を軽く床に打ちつけた。


「〈虚狼団〉と言やぁ、〈城〉のお抱えも手を焼いているってえ連中だ。武器も面子めんつも、しまいにゃ〈からくり〉も揃っているらしい。お偉いさんのやることに不満を持ってる奴やら、戦に負けた奴やら、〈野盗やどり〉やらが集まって、略奪の限りを尽くしているんだとよ。んで、連中が襲うのは決まって満月の晩だって話だ」

「そんな奴らがどうして、この村に目をつけたのよ? 簡単に見つけられるような場所じゃないのに……」


 イヅの疑問に、「んむ……」とギサクは唸った。カシラも言いにくそうに口を曲げていた。


「そろそろ話してもいい頃じゃないかの、ギサク?」


 その声に、イヅの隣に座っていたワカがばっと立ち上がる。


 戸口に立ち、村人に肩を貸してもらっているのは老婆——ハツだった。苦しげに息をつき、手足は非常に細く、肌の色はくすんでいる。それでも目からはまだ生気が失せていない。むしろこの場にいる誰よりも、意思の強さを感じさせる輝きを伴っていた。


 ワカはすぐさま村人からハツを受け止め、「おばあ、無理しちゃダメだって」


「村の一大事だ。いつまでも寝込んではおれんよ……」

「ワカ、とりあえず座らせないと!」


 うなずき、ワカは自分のいた位置にハツを座らせる。しかしまともに正座すらできず、ワカにもたれかかって重々しく息を吐いた。


「ああ、しんどい。……ところで、村のことだったの、イヅ?」

「あ、うん……」

「これは一部の者しか知らんことだが……この村の裏の山では、〈星石せいせき〉が採れるのじゃ」

「〈星石〉? ワカ、知ってる?」


 ワカは首を横に振った。


「〈星石〉は〈からくり〉をはじめとした様々な技術が異国から伝わり、注目されるようになった石でな。火を点ければより強い火を起こし、土に埋めれば作物がより実るという摩訶不思議まかふしぎな石よ。しかもなぜか、〈からくり〉の動力源にもなる」

「そんなものが、この村に……」

「〈星石〉にその力があると知った者たちは、各地で奪い合い始めた。〈星石〉が多ければ多いほど動かせる〈からくり〉の数も増える、戦力が増える、他国を脅かすことができる……という具合にな」

「だからこの村に、あいつらが来たのね」


 ハツはうなずき、重たげに首をイヅの方に向ける。


「イヅ。この村は誰からも見捨てられた村ということは、お前も知っておろう?」

「……うん」

「確かに、この村には価値がないと見捨てられ、忘れ去れらようとしていた。しかしの……この村では〈星石〉が採れる。その話が、どこからか流れ出した。先ほどの〈野盗り〉は、それが本当かどうかを確かめに来たのかもしれん」

「ワカが〈からくり〉を動かしたことで、連中は噂は本当だったって確信したわけか……」


 カシラがそう言うと——イヅががばっと立ち上がった。


「何よ、それ! じゃあ、あのまま〈野盗り〉に好き放題させておけばよかったっていうの!? ワカ――あ、ううん、あたしが悪いってわけ!?」

「そ、そうは言ってねぇよ……」


「そこまでだ」とギサクが制する。


「肝心なのは、これからどうするかということだ。……カシラ、次の満月の晩はいつになるかわかるか?」

「あ? えーっと……前のは確か、七日ぐらい前じゃなかったか? ほら、イヅがワカを追いかけまわしていた時……」

「カシラ、今、そんな話しているんじゃないでしょ!!」


 雑音を無視するように、ギサクがひげを撫でてつぶやく。


「ということは、今から十五、二十日程度か……」

「ギサク、あんたには考えがあるのかい?」

「……あまり気は進まないがな」

「聞こうじゃないか。どんな手だい?」


 にぃっとハツが不敵な笑みを浮かべた。


 ギサクはすうっと息を吸い、深々と吐いてから——「侍を雇う」


 その言葉に、ワカとハツ以外の全員が目を見開いた。


「冗談だろ、爺様じさま!?」


 ほとんど掴みかからんばかりに、カシラが声を荒げる。


「村人が侍を雇うなんて話、聞いたことがねぇぞ! よしんば侍を雇えたところで、相手は〈虚狼団〉なんだ! 〈からくり〉を持ってる連中だ! いくらなんでも、無謀にも程がある!」

「わかっている。だから——〈からくり〉を持っている侍を雇うのだ」

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