第2話 山田肇の推理

 肇は、純のあっちこっちに飛ぶから理解し難い話をこのようにまとめた。

「要するに、誰がなんでグローブを冷蔵庫に入れたのかが知りたいってことか」

「まぁ、グローブの持ち主が現れれば解るんだけどね」

「ならそれまで待てばいい」

「持ち主が、もう1週間経つのに現れないんだ。まだ顧問が預かってるんだって」

「現れるまで待てばいい。もしくは野球部の連中に聞いてまわればいい」

「野球部、1学年に30人はいるんだけれど」

「知らん。90人程なんて頑張ればなんとかなる」

「竜緖はそうしたい気もあるんだって。でも、先輩が顧問に任せておけばいいの一点張り」

「まぁそうだろうな。もし「そのグローブ、俺のです」という奴が現れたとすれば、なぜ顧問の元に取りに行かないのかってなるし」

「お兄ちゃんはどう思う?」


 肇は、自分がグローブを冷蔵庫に入れる場面を思い浮かべた。意味は度外視して、その状況を再現しようとした。

 まず、グローブはある程度使用されたものだろう。棄てたいほどボロいものかもしれない。新品ならば手放したくないだろう。

 冷蔵庫は空っぽだろう。教室の備品に、我が家のような雑然さはないはずだ。つまり、グローブはどこにでも置ける。

「グローブは冷蔵庫のどこから見つかったんだ」

「たぶん観音開きのところ」

 まぁ、そうだろうなと肇は考えた。わざわざ空っぽだろう冷蔵庫の野菜室や冷凍室に入れるよりも出し入れしやすい。何より、南浦さんはすぐにグローブを見つけたのだから、目立つところにあったのだろう。

「私はね、冷やしグローブがしたかったんだと考えたわけ」

「なんだそれ」

「冷やし中華、冷やしシャンプー、そして冷やしグローブ。暑いから冷たいものを求めるのは自然でしょ」

「グローブって冷やしても大丈夫なのか?」

「大丈夫でしょ。そうでなければシベリアで野球が出来ないじゃん」

 シベリアの野球はすごくシーズンが短そうだ、いやそうではない、そもそも。

「そうだとして、冷やしグローブを取りに来ないのは変だ。それに冷やしグローブを企んだ人はどうやって鍵のかかった家庭科室に入ったというんだ?」

「窓から、とか」

「家庭科室は何階にあるんだ」と問うが、肇もその中学の卒業生であるので、聞かずとも知っていた。

「3階」

「校舎の外壁を忍者みたいに登る奴がいたら、気づくだろうさ」

「じゃあ、お兄ちゃんは何故だと思うの?」

「知らないよ。どうでもいいことだから考える気も起きない」

「今晩のチューハイは抜き」

「勝手に呑むよ」

「全部、振ってやる」


 酒は呑めない、テレビは詰まらない。スパゲティーを食べながら、肇はふたたび考え始めた。

 中学校時代の記憶を遡る。おそらく冷蔵庫があったのは、家庭科室くらいか。もしかしたら職員室にはあるかもしれない。

 ふと、虐めではないかという考えが浮かぶ。虐めの主犯か取り巻きが、標的のグローブを盗み、冷蔵庫に隠す。

 それを純に言ったら、純は一笑に付した。

「それも、どうやって鍵のかかった家庭科室に忍び込むのさ」

「忍び込んだんじゃない。家庭科の授業前後の休み時間にでも冷蔵庫に入れることはできる」

「クラスメイトが見ているでしょ」

「野球部は人数が多いだろ? 大人数で壁を作ったらいい」

「じゃあ、その盗まれた人はなんでグローブを取りに来ないの?」

「グローブが料理部顧問のもとにあると知らないからさ。その顧問は、受動的な性質で、言われなければ仕事をしない人なんだよ」

「それはあり得ないね。だって、掲示板に『グローブを預かっています』という張り紙があるんだから」

「じゃあ、あれだ。虐められている屈辱を人に知られたくない奴なんだよ」

「掲示板には落とし物として書かれているんだけれど」

 どうやらその顧問が受動的な性質ではないらしい。

「もういいだろ、酒呑んでも」

「ダメ。まだお兄ちゃんがちっとも役に立っていない」

「いいか、純。人を手段にしてはダメだ。意味がわかるか? 人を自分の思うがまま扱える道具のように見なすことは、倫理に反している」

「うるさい、早く謎解きしなさい」

 歳の離れた妹を甘やかしすぎた。家族とはいえ歳上に命令するような性格になるとは。それでも肇にとって純はとても愛らしい存在だった。

「お母さんも言ってるんだから、最近、お兄ちゃんがお酒を呑みすぎだって」

 母親は苦笑した。しかし、彼らの会話には加わらず、ローカル局放送のチープな旅番組を観ていた。

「もう、冷やしグローブってことでいいんじゃないか?」

「はぁ? 冷やしグローブ? おバカさんなこと言ってないで真面目に考えて」

 冷やしグローブはおバカさん=山田純はおバカさんということだろうか。実際、彼女のアタマはそれほど良いものではない。このまま中学3年になれば、肇が通った高校の合格ラインに届くためにプロバスケ選手でさえビックリの跳躍力が必要となるだろう。

「じゃあ、グローブにバナナを入れていたんだ。グローブはバナナ容器に最適だった。前にサザエさんでもやっていたことだから間違いない」

「もうっ。お母さんもっと頭の良いお兄ちゃんが良かった」


 山田肇は自分を出来の良くない凡人だと見なしている。その凡人より下を行く妹には常々危機感を覚えている。そんな妹にこうも言われるとは。

 かつて肇はこう考えた。妹は頭を使うことをやめてしまったのではないかと。

 彼のボーナスで、彼女の好きな服を何着か買ってやろうとした。すると選んだのは、悩みもしないで白と黒ばかりだった。

 兄の手前でセンスを出すのは恥ずかしかったのだろうと、母に金を渡してショッピングに行ってもらった。またしても、似たようなモノクロの服を購入してきた。彼女のクローゼットを開けたことはないが、おそらくOLの私服通勤のようなものばかりだろう。

 母のお下がりであるベージュのコートを平気で着ているのを見た時、もっと良い物を買ってやれなくてすまないとさえ感じた。

 純の良さはきっと、勉学でもファッションセンスでもないんだろう。スポーツを習ってもすぐに辞め、本棚は流行りの漫画がとびとびだ。絵や歌に関しては身内だからこそ感じる愛嬌がある。

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