八章 パートナー

1 シャシクリの串がさす方へ

 クドーは、シャシリク屋の横の小路にはいった。

 暴力刑事がいたという裏口の周辺に、人の気配はない。

 来るのが遅かったのか。探す範囲を広げようとしたクドーだが、倒れている自転車に目をとめた。

 自転車だけ……?

 近くにあるゴミ箱は無事だし、瓶ケースも整然と積まれている。

 くわえて、倒れている自転車は業務用だった。ちょっとぶつかったぐらいでは倒れない鉄製平板スタンドで、無施錠で駐めていても盗まれることがないのは、その車体重量ゆえだ。

 酔っ払いが力任せに蹴倒したのなら、ゴミ箱や瓶ケースも、ついでとばかりにひっくり返されていることが多かった。

 リウから借りているハンディライトを取り出した。なんとなく気になる自転車の周囲に光をはしらせてみる。

 光の輪のなかに見覚えのあるものを見つけた。

 並んだ小さな琥珀色の石にフォレストグリーンの石をポイントにした、手作り感あふれるブレスレッド。

 ルシアのバングルだった。

 一階がクリーニング店舗のこのビルは、上階が住居用になっていたはずだ。

 一歩、足を踏み入れたものの、クドーは迷う。ルシアたちはここに入ったのか、それとも通りを移動していったのか。

 階段室からくぐもった音が聞こえた。

 住居者の生活音かもしれない。しかし……

 階段を駆け上がった。



「あ、ちょっとフェンレン⁉︎ ラフな格好のフェンレンって新鮮だよね、喪服みたいな制服でストイックなイメージ強いから!」

 発音の違いなど、おかまいなしの大声で呼びかけてくる。

 リウ・フォンリィェンは声の主を見て、そのまま行こうかと思った。警ら中のクドーを足止めさせては雑談に付き合わせているシャシリク屋羊肉の串焼き屋だったから。

 おまけに、肉を刺した串を振り回すものだから悪目立ちしている。

「あんた相手に四方山話よもやまばなしで盛り上がろうなんて思わないよ! 用があるから呼んだの。早く!」

 仕方なく店先に駆け寄ったが、

「今日はフェンレンも私服なのね。普通の服着てるのに香主シィァンジュ(黒社会の幹部)みたいに見えるわ。ん? 右手どうしたの?」

 早々に話を豪快に脱線させてきた。

「私も、ということはクドーが来ていた?」

 リウは話の先を急ぐ。

「裏口の近くに、いけ好かない刑事がいてさ、さっきマーシャに始末を頼んだの」

 持っていた串を店の奥に向かってさした。

「仕事中だって言うから、フェンレンが近くにいると思ってたんだけど……ひとりで行ったってこと? 失礼な心配だけど、大丈夫かな」

「話を正確につかみたい。もう少し、くわしく」

 焼かれる羊肉がモクモクあげる煙に包まれながら事情を聞いた。こういった情報を住民のほうから提供してくれるのは、警ら中のコミュニケーションを欠かさないクドーの成果といえる。

 話が終わりきらないうちから、礼もそこそこに走り出した。

 柾木たちから無線機を借りることなく、連絡手段がないまま二手にわかれたのは迂闊だった。

 身体についたシャシリクの匂いを感じながら、別のことも頭に浮かんだ。クドーの空腹が限界をこえた頃だろうか。

 こんな呑気も考えてしまうのは、ひとりで大丈夫だという期待にかけて。

 クドーなら、そのときの最善の方法を選択できる。

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