第6話:確かめてあげますよ

 後輩の神戸結衣を助手席に乗せて、渚は夜の河川沿いの道に車を走らせる。


 対岸に見える街の灯りが川面にキラキラと輝き、遠くには架けられた橋を彩るイルミネーションが見える。

 その幻想的でどこか甘い演出は、渚も過去に付き合った女の子たちとのデートによく使わせてもらったものだ。

 

「へぇ、神戸さんってH県出身なんだ」

「はい。こちらには親戚の家に間借りさせてもらってるんです」


 もっとも今は軽くお互いの自己紹介を。愛を語ることはない。

 ふたりの会話はこれから同じ研究室同士、先輩・後輩として上手くやっていくための情報共有に話は集中していた。

 

「推薦入学ってことは、書道を昔からやってたの?」

「はい。子供の頃からいろいろと習い事をしていたのですが、どうにも私は不器用でして。その中で唯一、物になってくれたのが書道だったんです。先輩は?」

「僕は大学に入ってから始めたんだ」

「そうなんですね。どうしてまた書道を?」

「え? まぁ、その、ちょっと、ね」


 渚は言葉に詰まりながら「だから全然下手なんだ。先輩なのに情けないけどね」と適当に胡麻化した。


「ところでひとつお尋ねしたいのですが、書研に比企さんっておられますか?」

「えっ、曜子先輩!?」


 動揺のあまり、ハンドルを持つ手がかすかに乱れて車が左右に揺れる。


「どうかしましたか?」

「いや、別に……。その、曜子……比企先輩がどうかした?」

「あ、じゃあいるんですね。私、比企さんと同じ先生に小さい頃から教わっていたんです」

「そ、そうなんだ……」

「でも、ここ数年音沙汰なしで。もしかしてもう大学を辞めちゃったのかなと思ってたんですけど」

「数年音沙汰なし……そ、そうだったんだね」


 結衣が曜子の後輩だと聞かされた時は「あー、絶対曜子先輩から僕のことを聞かされてるよー」と絶望した渚。

 が、ここ数年のやり取りがないと聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。

 

「ちゃんと在籍してるよ。あの人、結構神出鬼没なところがあるから、そのうち研究室にも姿を見せるんじゃないかなぁ」

「そうですか。とりあえずまだ大学にいることがわかって安心しました」


 そんな会話を交わしていくうちに、最初は少し緊張しているようだった結衣も、少しずつリラックスしてきたように渚には見えた。


 それは渚自身もそうだった。

 彼女が口を開く度に、寝取られって単語が出てくるんじゃないかとドキドキしていた。


 だが、それも会話を交わすうちに薄れてきている。

 実はコンパでの話は聞こえていなかったんじゃないかなと思えてきた頃、ロードサイドには怪しげなネオンを放つ建物が目立つようになってきた。

 

「あの先輩、ひとつ伺ってもいいですか?」 

 

 そろそろ親戚の家がどのあたりか詳しく訊こうかなと思っていたら、逆に結衣から質問の伺いを立てられる。

 

「ん? なに?」

「先輩ってえっちが下手なんですか?」

「……え?」

「さっきコンパで言われてましたよね。えっちが下手でカノジョを寝取られ続けてるって」


 結衣の瞳が妖しく光ったように見えたのは、ラブホテルのネオンが反射したせいなのかどうか渚には分からない。

 ただ、安心しかけたところに不意を突かれ、驚いてその瞳を見た瞬間。


 渚の身体はまるで蛇に狙われた蛙のように言うことをきかなくなった。

 

「答えにくいですか?」


 答えにくい、どころじゃない。

 口をまともに動かせなくて、答えることが出来ない。

 

「だったら私が確かめてあげますよ」


 確かめるって一体何を?

 

「そこに入りましょう、先輩」


 結衣が指差す先を見て、渚は内心でぎょっとした。

 そこはダメだ。そこに入ってしまえば、後戻りが出来ない。


 頭の中で危険信号が激しく点滅する。

 だけど身体が言うことをきかず、言われるがまま渚はハンドルを切った。


 ふたりを乗せた車がラブホテルに入っていった。

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