殺し合い

王子が駆け出す。自分は剣、相手は鎌。至近距離での接近戦に持ち込めば有利を取れると踏んだのだ。


しかし、狩人もわざわざ相手の土俵になど上がりはしない。その場で飛び上がり、急加速して王子に斬りかかった。


「ぐっ!?」

「むうんっ!」


なんとか剣で防ぐ王子。狩人はその場で回転し連撃を見舞った。捌ききれないと判断した王子は、すぐさま距離をとり足元の石を拾い上げ投擲した。


腕で石を防ぎ、大きく踏み込み鎌を振るう。しかし、王子は距離をとるでも刃を合わせるでもなく、狩人の懐へ潜り剣を突き出した。


咄嗟に体勢を変えた狩人の脇腹を掠る。石を使った攻撃を誘発させる挑発は良い実りをもたらさず、内側にまわした鎌に弾き飛ばされてしまう。


地面に転がった王子へ、鎌が振り下ろされる。王子は首をズラすことで回避し、狩人の腹を蹴りつけた。


体勢を崩した狩人を深追いせず距離をとる。体力維持のためだ。


先程はナナハンが助けてくれたが、あのような奇跡はそう起きるものでは無い。


狩人は体力など無いと言わんばかりに、攻撃の苛烈さが衰えない。長期戦に持ち込まれれば勝ち目は無く、しかしすぐに倒されてくれるほど彼は甘くない。


狩人が王子へ迫る。振るわれる刃を受けようとして……空振った。


狩人が跳躍し王子の背後へと回ったのだ。狩人の鎌が王子の身体を両断せんと迫る。王子は振り向くでも剣を振るでもなく、空振りの勢いのままに前転。刃から逃れることに成功した。


王子はすぐさま狩人へと向かい、追撃をさせる前に接近戦に持ち込もうとする。


しかし狩人はバックステップと同時に鎌を大きく振るうことで接近を阻止。距離をとると、次は鎌を構え高速で王子へと迫った。


まさかそちらから接近戦を仕掛けてくるか。一瞬だけ驚愕した。しかしすぐさま持ち直し、今度は王子も狩人へと駆ける。


間合いに入る。鎌が振るわれるが、王子は身体をズラし回避。大鎌は範囲に優れるが、やはりその動きは大振りになってしまう。王子はそこを突いたのだ。


しかし王子は見誤った。何度も打ち合ったのだ。狩人も得物の相性、その弱点も知っている。


剣が狩人へと振るわれる。狩人は上体を逸らすも、腹から胸にかけて傷ができた。決して深くなく、致命傷には至らない。


そう、致命傷ではない。そして狩人にとって、致命傷でないのなら無傷と同じだ。


王子は傷に怯むと踏んだ。少なくとも距離をとると。しかし、狩人は臆せず王子の服を掴むと足へ蹴りを放つ。体勢を崩してしまった王子の首に、狩人は大きく鎌を振りかぶった。


今までの武器一辺倒な戦い方ではない。狩人は王子を殺すため、駒を隠していたのだ。


剣や鎌を使った戦法。それは十分練り上げられたもので、確かに狩りを続けた経験から成せるものなのだろう。


しかし、彼は狩人。騎士ではない、狩人だ。獲物を狩るためには手段を選ばない。それも人を狩る者であれば、体術も洗練されているのは当然と言えた。


狩人はわざと武器のみで相対していた。そして体術は混ぜず武器のみで戦うという先入観を与えられていた。王子は気づくべきだったのだ。狩人の常人離れした身のこなしや跳躍。彼は怪物を狩り続けてきた、当然その身体にも殺すための術は備わっている。


王子は剣を刃と首の間に滑り込ませることで防いだ。次いで第二撃。後ろへ下がろうとした王子は咄嗟に腕を防御に使った。


「ぐおおおお!!?」


深く抉られた。下がりながらの防御ということで、切断はされなかったものの腕は力なくぶら下がっている。


王子は回復のポーションを二つ開封し、飲み干す。力の入らなかった腕が通常通りの動作を行えるようになった。


襲い来る痛みに理性が働かなかった。回復の手段を敵の目前で行うなど正気の沙汰ではないが、耐えられなかった。


飲み干す間、攻撃は無かった。あの狩人が殺す絶好のチャンスを逃すなど。


しかし目を向けた先にある光景は、見逃された訳では無いことを王子に知らしめた。


「ご……ぐおおおお!!」


なんと狩人が鎌を自身の腹に突き刺していた。勢いよく鎌が抜き放たれる。血の代わりに腹から吹き出したのは青白い煙。それは刃に纏わり付き、青い光の刃へと変化する。


狩人が鎌を一振りすると、射線上の地面に煙が飛び瞬く間に凍り付かせてしまう。


「なっ!?」

「さああ……今、救ってやるぞ…!」


狩人が勢いよく鎌を振るう。その度に煙が飛び、地面を、噴水を、建物を凍りつかせていく。


王子は攻めあぐねていた。狩人は凍りつく煙を飛ばし、近づかれれば鎌を振るい距離をとる。そして不規則に鎌を振り回すのだ。


でたらめに煙を飛ばしているが、それもまた有効な戦術だった。わざと的を絞らないことで相手を下手に動かさない。そして確実に追い詰めていく。


煙は少し掠るだけで凍りつかせるほどの威力。当たってしまえば、回復のポーションを飲むことすらできずに凍らされ、砕かれてしまうだろう。


しかし狩人も限界が近いのは見てとれた。肩や腹に穴を開け、そこから絶えず煙が流れ出る。さらには狩人の身体の輪郭がぼやけ始めているのだ。


煙が王子の左腕を捉えた。腕は瞬く間に凍り付き、少しも動かせなくなる。


絶体絶命。もはや勝てる状況ではない。王子は剣を握りしめた。


ここで終わるわけにはいかないのだ。まだ父の安否も確認していない。狩人だと。そんなもの、我が父に及ぶものか。

脳裏に浮かぶのは豪快に笑う父の顔。ああ、父上ならばこの状況を見てなんと言うのか。


心配か?失望か?いや、そのどれでもない。かの怪傑はただただ笑うだろう。


『その程度で終わらぬだろう?』


「無論です!!」

「!?」


腕が動かない?それがどうした。

近づけない?それがどうした。

勝てない?それがどうした。


動かずとも使え。近づけずとも無理矢理近づけ。勝てないならば力づくでもぎ取れ。


王子は姿勢を低くしながら狩人へと突貫した。狩人は鎌を低く振るい煙を飛ばす。地面を凍らせながら迫る煙を前に……王子は両足に力を込め思いきり跳ねた。


本来、遠距離攻撃と大きな得物を合わせ持つ狩人を相手にする場合、身動きのとれない空中に身を晒すのは自殺行為だ。


しかし、王子は承知で地を蹴った。狩人が煙を飛ばし、鎌を構える。氷像となり落下する王子を砕くつもりだろう。


王子が煙を受ける。やがて中から出てきたものへと鎌を……そこで狩人は気づいた。


王子は健在だった。既に凍りついている左腕を振るい受けることで凍結を最小限に留めたのだ。


王子が剣を振り上げ攻撃の意志を示す。しかし関係ない。相手は空中、カタはつく。


狩人が勝利を確信し大きく鎌を振るう。しかし、王子は足を振るうことで刃の腹を蹴り弾いた。


「なっ」

「先程の体術の仕返しだ」


王子の剣が振り下ろされる。落下する速度を乗せた剣は、狩人の胸に突き刺さった。


「ごっぷ!!?」


王子は狩人を蹴り勢いよく剣を引き抜く。そして地面に着地し、剣を狩人へと突き出した。


剣が狩人を貫く。剣を引き抜きながら、王子は狩人を切り裂いたのだった。


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